・・・するとまだ交換手が出ない内に、帳場机にいた神山が、後から彼へ声をかけた。「洋一さん。谷村病院ですか?」「ああ、谷村病院。」 彼は受話器を持ったなり、神山の方を振り返った。神山は彼の方を見ずに、金格子で囲った本立てへ、大きな簿記帳・・・ 芥川竜之介 「お律と子等と」
・・・成程そう云えば一つ卓子の紅茶を囲んで、多曖もない雑談を交換しながら、巻煙草をふかせている間でさえ、彼が相当な才物だと云う事はすぐに私にもわかりました。が、何も才物だからと云って、その人間に対する好悪は、勿論変る訳もありません。いや、私は何度・・・ 芥川竜之介 「開化の良人」
・・・お早うございますが各自に交換され、昨日のこと天気のよいことなど喃々と交換されて、気の引き立つほどにぎやかになった。おとよさんは、今つい庭さきまで浮かぬ顔色できたのだけれど、みんなと三言四言ことばを交えて、たちまち元のさえざえした血色に返った・・・ 伊藤左千夫 「隣の嫁」
・・・機に触れて交換する双方の意志は、直に互いの胸中にある例の卵に至大な養分を給与する。今日の日暮はたしかにその機であった。ぞっと身振いをするほど、著しき徴候を現したのである。しかし何というても二人の関係は卵時代で極めて取りとめがない。人に見られ・・・ 伊藤左千夫 「野菊の墓」
・・・と、僕は友人と盃の交換をした。酔いもまわったのであろう、友人は、気質に似合わず、非常にいい気持ちの様子で、にこにこ笑うている。然し、その笑いが何となく寂しいのは、友人の周囲を僕に思い当らしめた。「久し振りで君が尋ねて来て、今夜はとまって・・・ 岩野泡鳴 「戦話」
・・・私は夏目さんに何十回談話を交換したか知らんが、ただの一度も駄洒落を聞いたことがない。それで夏目さんと話す位い気持の好いことはなかった。夏目さんは大抵一時間の談話中には二回か三回、実に好い上品なユーモアを混える人で、それも全く無意識に迸り出る・・・ 内田魯庵 「温情の裕かな夏目さん」
・・・瓦斯会社が来る。交換局が来る。保険会社が来る。麦酒の箱が積まれる。薦被りが転がり込む。鮨や麺麭や菓子や煎餅が間断なしに持込まれて、代る/″\に箱が開いたかと思うと咄嗟に空になった了った。 誰一人沈としているものは無い。腰を掛けたかと思う・・・ 内田魯庵 「灰燼十万巻」
・・・三日経つと、社内で評判の美貌の交換手を接吻した。 最初の月給日、さすがにお君の喜ぶ顔を想像していそいそと帰ってみると、お君はいなかった。警察から呼出し状が出て出頭したということだった。三日帰ってこなかった。何のための留置かわからなかった・・・ 織田作之助 「雨」
・・・ 交換手は笑って、「放送中の人を、電話口に呼べませんよ」「あッ、なるほど、こりゃうっかりしてました。もしもし、じゃ、杉山さんにお言伝けを……。あ、もしもし、話し中……。えっ? 電熱器を百台……? えっ? 何ですって? 梅田新道の・・・ 織田作之助 「昨日・今日・明日」
・・・ 下 此二人の少女は共に東京電話交換局でから後も二三度会って多少事情を知って居る故、かの怪しい噂は信じなかったが、此頃になって、或という疑が起らなくもなかった。というのもお秀の祖母という人が余り心得の善い人でな・・・ 国木田独歩 「二少女」
出典:青空文庫