・・・「大家さんが交番へ行ってくださったら、俺の管轄内に事故のあったことがないって。いつでもそんなことを言って、巡回しないらしいのよ」 大家の主婦に留守を頼んで信子も市中を歩いた。 三 ある日、空は早春を告げ知らせ・・・ 梶井基次郎 「雪後」
・・・ 見る間に付近に散在していた土方が集まって来て、車夫はなぐられるだけなぐられ、その上交番に引きずって行かれた。 虫の息の親父は戸板に乗せられて、親方と仲間の土方二人と、気抜けのしたような弁公とに送られて家に帰った。それが五時五分であ・・・ 国木田独歩 「窮死」
・・・「それでも勇気を鼓して近づいてみると女でした、無論その顔は見えないが、路にぬぎ捨てある下駄を見ると年若の女ということが分る……僕は一切夢中で紅葉館の方から山内へ下りると突当にあるあの交番まで駈けつけてその由を告げました……」「その女・・・ 国木田独歩 「牛肉と馬鈴薯」
・・・私が夜おそく通りがかりの交番に呼びとめられ、いろいろうるさく聞かれるから、すこし高めの声で、自分は、自分は、何々であります、というあの軍隊式の言葉で答えたら、態度がいいとほめられた。 作家は、いよいよ窮屈である。何せ、眼光紙背に徹する読・・・ 太宰治 「一歩前進二歩退却」
・・・ 大隅君が北京から、やって来るというので、家の者が、四、五日前から、野菜やさかなを少しずつ買い集め貯蔵して置いたのだ。交番へ行って応急米の手続きもして置いたのだ。お酒は、その朝、世田谷の姉のところへ行って配給の酒をゆずってもらって来たの・・・ 太宰治 「佳日」
・・・すぐ近くの交番のおまわりで、私とはもちろん顔馴染の仲なのです。私は手短かに事情を申し述べますと、おまわりは、へえ、そりゃひどい、と言って笑ってしまいましたが、しかし、二階では、まだ、どろぼう! どろぼう! と叫び、金盥も打ちつづけていまして・・・ 太宰治 「男女同権」
・・・ 私は、交番に連れて行かれました。交番のまえには、黒山のように人がたかりました。みんな町内の見知った顔の人たちばかりでした。私の髪はほどけて、ゆかたの裾からは膝小僧さえ出ていました。あさましい姿だと思いました。 おまわりさんは、私を・・・ 太宰治 「燈籠」
・・・またある四つ辻で人々がけんかをしている。交番に引かれる。巡査が尋問する。人だかりがする。通りかかった私は立ち止まって耳を立てる。しかし言葉はほとんど聞き取れない。ただ人々の態度とおりおり聞こえる単語や、間投詞でおよその事件の推移を臆測し、そ・・・ 寺田寅彦 「映画雑感(1[#「1」はローマ数字、1-13-21])」
・・・ 初めて私の住居を尋ねて来る人は、たとえ真昼間でも、交番やら店屋などを聞き聞き何度もまごついて後にやっと尋ねあてるくらいなものである。 この蛾は、戸外がすっかり暗くなって後は座敷の電燈を狙いに来る。大きな烏瓜か夕顔の花とでも思うのか・・・ 寺田寅彦 「烏瓜の花と蛾」
・・・ 初めて私の住居を尋ねて来る人は、たとえ真昼間でも、交番やら店屋などを聞き聞き何度もまごついて後にやっと尋ねあてるくらいなものである。 この蛾は、戸外がすっかり暗くなって後は座敷の電燈をねらいに来る。大きなからすうりか夕顔の花とでも・・・ 寺田寅彦 「からすうりの花と蛾」
出典:青空文庫