・・・僕は、人中へ出る時は、大抵、洋服を着てゆく。袴だと、拘泥しなければならない。繁雑な日本の tiquette も、ズボンだと、しばしば、大目に見られやすい。僕のような、礼節になれない人間には、至極便利である。その日も、こう云う訳で、僕は、大学・・・ 芥川竜之介 「野呂松人形」
・・・優雅、温柔でおいでなさる、心弱い女性は、さような狼藉にも、人中の身を恥じて、端なく声をお立てにならないのだと存じました。 しかし、ただいま、席をお立ちになった御容子を見れば、その時まで何事も御存じではなかったのが分って、お心遣いの時間が・・・ 泉鏡花 「革鞄の怪」
・・・多くの人中に居ればどうにか紛れるので、日の中はなるたけ一人で居ない様に心掛けて居た。夜になっても寝ると仕方がないから、なるたけ人中で騒いで居て疲れて寝る工夫をして居た。そういう始末でようやく年もくれ冬期休業になった。 僕が十二月二十五日・・・ 伊藤左千夫 「野菊の墓」
・・・そして私には木村が、たといあの時、故郷に帰らないでも、早晩、どこにか隠れてしまって、都会の人として人中に顔を出す人でないと思われます。木村が好んで出さないのでもない、ただ彼自身の成り行きが、そうなるように私には思われます。樋口も同じ事で、木・・・ 国木田独歩 「あの時分」
・・・れられ、笑われて、いやいや、決してうらみを申し述べているのではございません、じっさい私はダメな老人で、呆れられ笑われるのも、つまりは理の当然というもので、このような男が、いかに御時勢とは言え、のこのこ人中に出て、しかも教育会! この世に於い・・・ 太宰治 「男女同権」
・・・もし渋柿同人中でこれを試みようという篤志家を見いだすことができれば大幸である。以上はただそういう方面の研究をする場合に役に立ちそうだと思われる方法の暗示に過ぎないのである。 こういうふうに、連句というものの文学的芸術的価値ということを全・・・ 寺田寅彦 「連句雑俎」
・・・ 私は此の歓喜を永く記憶するために、この短かい一篇を記すと同時に、親切な、筆を以て、細かに、「生い立ちの記」を年毎に月毎に日毎に書き記して置きたい心がまえである。 人中に居ると見えて見えない。 ごたついた中になんか入る柄でないの・・・ 宮本百合子 「暁光」
・・・ 巡査と共に立ち止った人中に、一人の漁師が居た。「俺がぐるりと廻って連れてってやるべ」 漁師の後から歩み出し、トンネルに入った。始め人家の灯で、黒白縞のドガのような漁師の着物の脊中が見えたかと思うと忽ち闇に吸い込まれた。彼は跣で・・・ 宮本百合子 「黒い驢馬と白い山羊」
・・・ 学生や若い勤人中の所謂文学好きは、構成派の詩人たちの科学性に対する異国趣味にひきつけられた。さもなければ未来派系統の、芸術左翼戦線の、作家詩人の言葉の手品を興がった。そして、自分達も、文学研究会では、やたらに文学団体の各名称について通・・・ 宮本百合子 「五ヵ年計画とソヴェトの芸術」
・・・その同じ娘が 人中では顔も小ぢんまり 気どる。スースーとモダン風な大股の歩きつきで。それに対する反感。 十一月初旬の或日やや Fatal な日のこと。梅月でしる粉をたべ。 午後久しぶりでひ・・・ 宮本百合子 「情景(秋)」
出典:青空文庫