・・・辰之助の言うとおり、現在別に世帯をもっているおひろの妹と、他国へ出て師匠をしているお絹の次ぎの妹と、すべてで四人もの娘がありながら、家を人手に渡さねばならなかったほど、彼女たちの母子は、揃いも揃って商売気がなかった。「いいわいね、お金が・・・ 徳田秋声 「挿話」
・・・知らぬ他国で偶然同郷の人に邂逅したような心持がしたのである。 かつて大正十五年の春にも正宗君はわたくしの小説及雑著について批評せられたことがあった。その時わたくしは弁駁の辞をつくったが、それは江戸文学に関して少しく見解を異にしているよう・・・ 永井荷風 「正宗谷崎両氏の批評に答う」
・・・我国の文化は今も昔と同じく他国文化の仮借に外ならないのである。唯仔細に研究し来って今と昔との間にやや差異のあるが如く思われるのは、仮借の方法と模倣の精神とに関して、一はあくまで真率であり、一は甚しく軽浮である。一は能く他国の文化を咀嚼玩味し・・・ 永井荷風 「向嶋」
・・・昔はただそれの表象、汽車や、汽船や、見知らぬ他国の町々やを、イメージするだけでも心が躍った。しかるに過去の経験は、旅が単なる「同一空間における同一事物の移動」にすぎないことを教えてくれた。何処へ行って見ても、同じような人間ばかり住んでおり、・・・ 萩原朔太郎 「猫町」
・・・ 私は彼女の方は、日本の人か知ら、他国の人じゃないかと思いました。ですけれども、顔だけは何見ても日本の人! 広津柳浪 「昇降場」
・・・ これに反して我が日本の学芸は、十数年来大いに進歩したりというといえども、未だ卒業せざるのみならず、あたかも他国の調練を調練するものにして、未だ戦場の実地に臨まず。物理、新たに発明するを得ず、その実施の時代にいたるには前途なお遥かなりと・・・ 福沢諭吉 「学問の独立」
・・・子弟を学塾に入れ或は他国に遊学せしむる者ありて、文武の風儀にわかに面目を改め、また先きの算筆のみに安んぜざる者多し。ただしその品行の厳と風致の正雅とに至ては、未だ昔日の上士に及ばざるもの尠なからずといえども、概してこれを見れば品行の上進とい・・・ 福沢諭吉 「旧藩情」
・・・お前らも道後案内という本でも拵らえて、ちと他国の客をひく工面をしてはどうかな。道後の旅店なんかは三津の浜の艀の着く処へ金字の大広告をする位でなくちゃいかんヨ。も一歩進めて、宇品の埠頭に道後旅館の案内がある位でなくちゃだめだ。松山人は実に商売・・・ 正岡子規 「初夢」
・・・ 日本の婦人作家が幾人か、戦時中、海をわたって、彼女たちにとってはじめての海外旅行をし、他国の人々に接触した。そのとき、それらの人々のおかれた役割はなんであったろう。侵略の銃につけられた花束であったというのだろうか。それとも、故国にとり・・・ 宮本百合子 「明日の知性」
・・・ミュンヘンで催された国際美術展をみて、ケーテはドイツの従来の絵画が現代生活をとり入れることと、新鮮な色彩感を導き入れるという点では、はるかに他国の画家よりおくれていることを痛感した。ケーテが若い美術家たちと「コムポニール倶楽部」をこしらえた・・・ 宮本百合子 「ケーテ・コルヴィッツの画業」
出典:青空文庫