・・・ 文楽の人形芝居については自分も今まで話にはいろいろ聞かされ、雑誌などでいろいろの人の研究や評論などを読んではいながら、ついつい一度もその演技を実見する機会がなかった。それが最近に不思議な因縁からある日の東京劇場におけるその演技を臍の緒・・・ 寺田寅彦 「生ける人形」
・・・人が教えらえたる信条のままに執着し、言わせらるるごとく言い、させらるるごとくふるまい、型から鋳出した人形のごとく形式的に生活の安を偸んで、一切の自立自信、自化自発を失う時、すなわちこれ霊魂の死である。我らは生きねばならぬ。生きるために謀叛し・・・ 徳冨蘆花 「謀叛論(草稿)」
・・・入谷の朝顔と団子坂の菊人形の衰微は硯友社文学とこれまたその運命を同じくしている。向島の百花園に紫や女郎花に交って西洋種の草花の植えられたのを、そのころに見て嘆く人のはなしを聞いたことがあった。 銀座通の繁華が京橋際から年と共に新橋辺に移・・・ 永井荷風 「葛飾土産」
・・・この医者が大へんな変人で、患者をまるで玩具か人形のように扱う、愛嬌のない人です。それではやらないかといえば不思議なほどはやって、門前市をなす有様です。あんな無愛想な人があれだけはやるのはやはり技術があるからだと思いました。それだから建築家に・・・ 夏目漱石 「無題」
・・・の時には生人形を拵えるというのが自分で付けた註文で、もともと人間を活かそうというのだから、自然、性格に重きを置いたんだが、今度の「平凡」と来ちゃ、人間そのものの性格なんざ眼中に無いんさ。丸ッきり無い訳ではないが、性格はまア第二義に落ちて、そ・・・ 二葉亭四迷 「私は懐疑派だ」
・・・其中には人がいるのには違いないが、表面から見てはどうしても大きな人形としか見えぬ。自分が人形になってしまうというのもあんまり面白くはないような感じがする。併し火葬のように無くなってもしまわず、土葬や水葬のように窮屈な深い処へ沈められるでもな・・・ 正岡子規 「死後」
・・・眼が灰いろになってしまっていますし、啼くとまるで悪い人形のようにギイギイ云います。 それですから、烏の年齢を見分ける法を知らない一人の子供が、いつか斯う云ったのでした。「おい、この町には咽喉のこわれた烏が二疋いるんだよ。おい。」・・・ 宮沢賢治 「烏の北斗七星」
・・・を出して本棚や机をふいて、食堂から花を持って来たり、鼠に食われる恐ろしさに仕舞って置く人形や「とんだりはねたり」を並べたりする。 妙にそわそわして胸がどきどきする。 母に笑われる。でも仕方がない。 花を折りに庭へ出て書斎の前の、・・・ 宮本百合子 「秋風」
・・・の心持が、ノラでない細君にも、人形にせられ、おもちゃにせられる不愉快を感じさせたのであろう。 木村のためには、この遊びの心持は「与えられたる事実」である。木村と往来しているある青年文士は、「どうも先生には現代人の大事な性質が闕けています・・・ 森鴎外 「あそび」
・・・伝説では、殉死の習慣を廃するために埴輪人形を立て始めたということになっているが、その真偽はわからないにしても、とにかく殉死と同じように、葬られる死者を慰めようとする意図に基づいたものであることは、間違いのないところであろう。そういう埴輪の形・・・ 和辻哲郎 「人物埴輪の眼」
出典:青空文庫