・・・冬の闇夜に悪病を負う辻君が人を呼ぶ声の傷しさは、直ちにこれ、罪障深き人類の止みがたき真正の嘆きではあるまいか。仏蘭西の詩人 Marcel Schwob はわれわれが悲しみの淵に沈んでいる瞬間にのみ、唯の一夜、唯の一度われわれの目の前に現われ・・・ 永井荷風 「妾宅」
・・・ジョン・モーレーのいった通り何人にもあれ誠実を妨ぐるものは、人類進歩の活力を妨ぐると一般であって、その真正なる日本の進歩は余の心を深くかつ真面目に動かす題目に外ならぬからである。」 余は先生の人となりと先生の目的とを信じて、ここに先生の・・・ 夏目漱石 「博士問題とマードック先生と余」
・・・耶蘇と同じく、ニイチェもまた自己が人類の殉教者であり、新時代の新しいキリストであることを自覚して居た。それ故にこそ、彼の最後の書物に標題して、自ら悲壮にも Ecce homoと書いた。Ecce homo とは、十字架に書きつけられた受難者キ・・・ 萩原朔太郎 「ニイチェに就いての雑感」
・・・社会親睦、人類相愛の大義に背くものというべし。 また、一方の学者においても、世間の風潮、政談の一方に向うて、いやしくも政を語る者は他の尊敬を蒙り、またしたがって衣食の道にも近くして、身を起すに容易なるその最中に、自家の学問社会をかえりみ・・・ 福沢諭吉 「学問の独立」
・・・併し火葬のように無くなってもしまわず、土葬や水葬のように窮屈な深い処へ沈められるでもなし、頭から着物を沢山被っている位な積りになって人類学の参考室の壁にもたれているなども洒落ているかもしれぬ。其外に今一種のミイラというのはよく山の中の洞穴の・・・ 正岡子規 「死後」
・・・ええと、どうか第三紀の人類に就いてお調べを願います、と、誰か云ったようだ。いいや、そうじゃない、白堊紀の巨きな爬虫類の骨骼を博物館の方から頼まれてあるんですがいかがでございましょう、一つお探しを願われますまいかと、斯うじゃなかったかな。斯う・・・ 宮沢賢治 「楢ノ木大学士の野宿」
愛ということばは、いつから人間の社会に発生したものでしょう。愛という言葉をもつようになった時期に、人類はともかく一つの飛躍をとげたと思います。なぜなら、人間のほかの生きものは、愛の感覚によって行動しても、愛という言葉の表象・・・ 宮本百合子 「愛」
・・・政治は一国の物で、芸術は人類の物だ。」小川は省内での饒舌家で、木村はいつもうるさく思っているが、そんな素振はしないように努めている。先方は持病の起ったように、調子附いて来た。「しかし、君、ルウズウェルトの方々で遣っている演説を読んでいるだろ・・・ 森鴎外 「あそび」
・・・「しかし、そんな武器を悪人に持たした日には、事だなア。」と梶は思わず呟いた。「そうですよ。監理が大変です。」「人類が滅んじまうよ。」「その武器を積んだ船が六ぱいあれば、ロンドンの敵前上陸が出来ますよ。アメリカなら、この月末に・・・ 横光利一 「微笑」
・・・フロベニウス自身が指摘しているように、人類の文化の統一は、ただこのような理解を通じてのみ望み得られるのである。 自分はこの書を読み始めた時に、巻頭においてまず強い激動を受けた。それは自分がアフリカのニグロについて何も知らなかったせいでも・・・ 和辻哲郎 「アフリカの文化」
出典:青空文庫