・・・ 九人一つ座敷にいる中で、片岡源五右衛門は、今し方厠へ立った。早水藤左衛門は、下の間へ話しに行って、未にここへ帰らない。あとには、吉田忠左衛門、原惣右衛門、間瀬久太夫、小野寺十内、堀部弥兵衛、間喜兵衛の六人が、障子にさしている日影も忘れ・・・ 芥川竜之介 「或日の大石内蔵助」
・・・「ええ、今し方。――お母さんにも困りましたね。」「困ったねえ、私は何も名のつくような病気じゃないと思っていたんだよ。」 洋一は長火鉢の向うに、いやいや落着かない膝を据えた。襖一つ隔てた向うには、大病の母が横になっている。――そう・・・ 芥川竜之介 「お律と子等と」
・・・「ところがこちらの御新造は、私の顔を御覧になると、『婆や、今し方御新造が御見えなすったよ。私なんぞの所へ来ても、嫌味一つ云わないんだから、あれがほんとうの結構人だろうね。』と、こうおっしゃるじゃありませんか? そうかと思うと笑いながら、・・・ 芥川竜之介 「奇怪な再会」
・・・彼等は間牒の嫌疑のため、臨時この旅団に加わっていた、第×聯隊の歩哨の一人に、今し方捉えられて来たのだった。 この棟の低い支那家の中には、勿論今日も坎の火っ気が、快い温みを漂わせていた。が、物悲しい戦争の空気は、敷瓦に触れる拍車の音にも、・・・ 芥川竜之介 「将軍」
・・・御医者様は今し方帰ったばかりだ。」――こんな問答を交換しながら、新蔵は眼をお敏から返して、まるで遠い所の物でも見るように、うっとりと反対の側を眺めると、成程泰さんと母親とが、ほっとしたような顔を見合せて、枕もとに近く坐っています。が、やっと・・・ 芥川竜之介 「妖婆」
・・・「己は検非違使の庁の役人などではない。今し方この門の下を通りかかった旅の者だ。だからお前に縄をかけて、どうしようと云うような事はない。ただ、今時分この門の上で、何をして居たのだか、それを己に話しさえすればいいのだ。」 すると、老婆は・・・ 芥川竜之介 「羅生門」
・・・「あれがね、阿母さん、遅れてつい今し方着いたんですよ」「まあ、そうですかよ。やっぱり字の書きようが拙いので、読めにくくってそれで遅れたんでございましょうね。それじゃお光さんにも読みづらかったでしょう、昔者の私が書いたのですからねえ」・・・ 小栗風葉 「深川女房」
・・・罪のない遊びと歌川の内儀からが評判したりしがある夜会話の欠乏から容赦のない欠伸防ぎにお前と一番の仲よしはと俊雄が出した即題をわたしより歳一つ上のお夏呼んでやってと小春の口から説き勧めた答案が後日の崇り今し方明いて参りましたと着更えのままなる・・・ 斎藤緑雨 「かくれんぼ」
出典:青空文庫