・・・しかれども私はそれよりモット大きい、今度は前の三つと違いまして誰にも遺すことのできる最大遺物があると思う。それは実に最大遺物であります。金も実に一つの遺物でありますけれども、私はこれを最大遺物と名づけることはできない。事業も実に大遺物たるに・・・ 内村鑑三 「後世への最大遺物」
・・・弾丸は三歩程前の地面に中って、弾かれて、今度は一つの窓に中った。窓ががらがらと鳴って壊れたが、その音は女の耳には聞えなかった。どこか屋根の上に隠れて止まっていた一群の鳩が、驚いて飛び立って、たださえ暗い中庭を、一刹那の間一層暗くした。 ・・・ 著:オイレンベルクヘルベルト 訳:森鴎外 「女の決闘」
・・・ 今度の戦争の事に対しても、徹底的に最後まで戦うということは、独逸が勝っても、或は敗けても、世界の人心の上にはっきりした覚醒を齎すけれども、それがこの儘済んだら、世界の人心に対して何物をも附与しないであろう。・・・ 小川未明 「愛に就ての問題」
・・・それに大阪鮨六片でやっと空腹を凌いでいるようなわけで、今度何か食おうにも持合せはもう五厘しかない。むやみに歩き廻って腹ばかり虚かせるのも考えものだ。そこで、私は町の中部のかなり賑かな通へ出て、どこか人にも怪まれずに、蹲むか腰掛けかする所をと・・・ 小栗風葉 「世間師」
・・・に、女の姿と見えたのではないかと多少解決がついたので、格別にそれを気にも留めず、翌晩は寝る時に、本は一切片附けて枕許には何も置かずに床に入った、ところが、やがて昨晩と、殆んど同じくらいな刻限になると、今度は突然胸元が重苦しく圧されるようにな・・・ 小山内薫 「女の膝」
・・・もっともお互い今度会う時まで便りをしないでおこうという約束だったのですが、しかし、やはり消息が判らないのは心配でした。 五年は瞬く間にたちました。そして約束の彼岸の中日が近づいてくると、私はいよいよ秋山さんの安否が気になってきて、はたし・・・ 織田作之助 「アド・バルーン」
・・・所を一朝かかって居去って、旧の処へ辛うじて辿着きは着いたが、さて新鮮の空気を呼吸し得たは束の間、尤も形の徐々壊出した死骸を六歩と離れぬ所で新鮮の空気の沙汰も可笑しいかも知れぬが――束の間で、風が変って今度は正面に此方へ吹付ける、その臭さに胸・・・ 著:ガールシンフセヴォロド・ミハイロヴィチ 訳:二葉亭四迷 「四日間」
・・・…… 処で彼は、今度こそはと、必死になって三四ヵ月も石の下に隠れて見たのだ。がその結果は、やっぱし壁や巌の中へ封じ込められようということになったのだ。…… Kへは気の毒である。けれども彼には何処と云って訪ねる処が無い。でやっぱし、十・・・ 葛西善蔵 「子をつれて」
・・・それで今度はお前から注文しなさいと言えば、西瓜の奈良漬だとか、酢ぐきだとか、不消化なものばかり好んで、六ヶしうお粥をたべさせて貰いましたが、遂に自分から「これは無理ですね、噛むのが辛度いのですから、もう流動物ばかりにして下さい」と言いますの・・・ 梶井久 「臨終まで」
・・・ 話し手の男は自分の話に昂奮を持ちながらも、今度は自嘲的なそして悪魔的といえるかも知れない挑んだ表情を眼に浮かべながら、相手の顔を見ていた。「どうです。そんな話は。――僕は今はもう実際に人のベッドシーンを見るということよりも、そんな・・・ 梶井基次郎 「ある崖上の感情」
出典:青空文庫