・・・ 倅の命さえ助かりますれば、わたくしはあの磔仏に一生仕えるのもかまいません。どうか冥護を賜るように御祈祷をお捧げ下さいまし。」 女の声は落着いた中に、深い感動を蔵している。神父はいよいよ勝ち誇ったようにうなじを少し反らせたまま、前よりも・・・ 芥川竜之介 「おしの」
・・・クサカは人に仕えるようになった。犬の身にとっては為合者になったのではあるまいか。 この犬は年来主人がなくて饑渇に馴れて居るので、今食物を貰うようになっても余り多くは喰べない。しかしその少しの食物が犬の様子を大相に変えた。今までは処々に捩・・・ 著:アンドレーエフレオニード・ニコラーエヴィチ 訳:森鴎外 「犬」
・・・十八歳の花嫁はその日から彼に代って彼の老いた両親に仕えるのである。 × 私はこの話をきいて、いたく胸を打たれた。あるいはこの話は軍人援護の美談というべきものではないかも知れない。しかし、いま私は「私の見聞した軍人援護・・・ 織田作之助 「十八歳の花嫁」
・・・元来仕えるとは、君臣主従など言う上下の身分を殊にして、下等の者が上等の者に接する場合に用うる文字なり。左れば妻が夫に仕えるとあれば、其夫妻の関係は君臣主従に等しく、妻も亦是れ一種色替りの下女なりとの意味を丸出にしたるものゝ如し。我輩の断じて・・・ 福沢諭吉 「女大学評論」
・・・それは男子は神様に仕えるのが第一で、主になって働くのは婦人ですから、親は働きの助けに女の子を欲しがるのであります。 やがて子供が相当の年頃になると、男の子は神様の祭りや祈祷の言葉を教えられたり、女の子は機織り、刺繍などを教えられます。何・・・ 宮本百合子 「親しく見聞したアイヌの生活」
・・・ 澄んだ眼と高い額とは神に仕えるにふさわしい崇尊さを顔に浮べて居た。 白い衣の衿は少しも汚れて居なかった。 しずかに落ついて話すべき時にのみ話した。 四十五六で、白衣の衿の黒いのを着て奥歯に金をつめてどら声でよくしゃべる一人・・・ 宮本百合子 「旅へ出て」
・・・を評して、常に女に与えられている「仕える」という言葉を断じて許さずといったのは諭吉であったが、菊池寛氏の「新女大学」には、良人に「よく仕え」と無意識のうちにさも何気なく同じつかいかたがよみがえらされて来ている。歴史をくぐるこの微妙な一筋の糸・・・ 宮本百合子 「三つの「女大学」」
・・・淡島の神主と云うのは、神社で神に仕えるものではない。胸に小さい宮を懸けて、それに紅で縫った括猿などを吊り下げ、手に鈴を振って歩く乞食である。 その時九郎右衛門、宇平の二人は文吉に暇を遣ろうとして、こう云った。これまでも我々は只お前と寝食・・・ 森鴎外 「護持院原の敵討」
出典:青空文庫