・・・ミケランジェロは、そんなことをせずともよい豊かな身分であったのに、人手は一切借りず何もかもおのれひとりで、大理石塊を、山から町の仕事場までひきずり運び、そうして、からだをめちゃめちゃにしてしまった。 附言する。ミケランジェロは、人を嫌っ・・・ 太宰治 「もの思う葦」
・・・ 刑務所の仕事場と食堂の並行直線。これに対応して蓄音機工場における全く同様な机と人間の並行線列。学校教場の生徒の列もいくらかこれに応ずるエピソードである。刑務所と工場との建築に現われるあらゆる美しい並行直線の交響楽。脱獄のシーンに現われ・・・ 寺田寅彦 「映画雑感(1[#「1」はローマ数字、1-13-21])」
・・・三吉は首をふって、ごまかすために自分の本箱のところへいって、小野からの手紙などとって、仕事場にもどってくる。――どうして、若い女にみられるのが、こんなにはずかしいだろう? 手紙をよみかえすふりして、三吉は考えている。竹細工の仕事は幼少か・・・ 徳永直 「白い道」
・・・数寄を凝した純江戸式の料理屋の小座敷には、活版屋の仕事場と同じように白い笠のついた電燈が天井からぶらさがっているばかりか遂には電気仕掛けの扇風器までが輸入された。要するに現代の生活においては凡ての固有純粋なるものは、東西の差別なく、互に噛み・・・ 永井荷風 「銀座」
・・・ 二人の子供たちは、今まで、方々の仕事場で、幾つも幾つも、惨死した屍体を見るのに馴れていた。物珍らしそうに見ていたので、殴り飛ばされたりした事もあった。 けれども、自分の父親が、そんな風にして死ぬものとは思わなかった。だのに、今、二・・・ 葉山嘉樹 「坑夫の子」
・・・ そのうすくらい仕事場を、オツベルは、大きな琥珀のパイプをくわえ、吹殻を藁に落さないよう、眼を細くして気をつけながら、両手を背中に組みあわせて、ぶらぶら往ったり来たりする。 小屋はずいぶん頑丈で、学校ぐらいもあるのだが、何せ新式稲扱・・・ 宮沢賢治 「オツベルと象」
・・・ 作家一人一人の仕事ぶりについてみれば、文学の創造過程の独自さから、それはめいめいのやりかた、めいめいの住居での仕事場というふうに、別々に行われる。この事情は、それだから作家や評論家は、社会的本質がバラバラなものだという理由にはならない・・・ 宮本百合子 「ある回想から」
・・・屋敷のなかの二つの空地の間に建物があって、そこが石膏の型をこしらえる仕事場になっていた。型からぬきとられてその中に置かれているさまざまの石膏の像は、いつもシュミットの小さな兄妹の好奇心と空想とを刺戟した。 お母さんのケーテがまた絵心をも・・・ 宮本百合子 「ケーテ・コルヴィッツの画業」
・・・スーザンは或るフランス人の仕事場に通って種々の専門技術を身につけた。けれども、職人と芸術家とをよりわける、彼女の魂の満足はフランス人の形式のうちにはなくて、スーのリアリスティックな直観のうちにあった。 どうして君は女に生れて来たんだ。そ・・・ 宮本百合子 「『この心の誇り』」
・・・ 十時過、なほ子は耕一の仕事場にしている離れに行った。襯衣一枚になって、亢奮が顔に遺っていた。彼は出来上りかけている製作をなほ子に見せながら、「姉さんいて呉れると、どんなに心丈夫だか分らない――話んなりゃしないんだから、間抜けばっか・・・ 宮本百合子 「白い蚊帳」
出典:青空文庫