・・・しかるに彼ら閣臣の輩は事前にその企を萌すに由なからしむるほどの遠見と憂国の誠もなく、事後に局面を急転せしむる機智親切もなく、いわば自身で仕立てた不孝の子二十四名を荒れ出すが最後得たりや応と引括って、二進の一十、二進の一十、二進の一十で綺麗に・・・ 徳冨蘆花 「謀叛論(草稿)」
・・・ ジャズを踊る踊子は戦争前には腰と乳房とを隠していたのであるが、モデルが出るようになってから、それも出来得るかぎり隠す部分の少いように仕立てたものを附けるので、後や横を向いた時には真裸体のように見えることがある。昨年正月から二月を過ぎ三・・・ 永井荷風 「裸体談義」
・・・近頃ふと思い出して、ああしておいては転宅の際などにどこへ散逸するかも知れないから、今のうちに表具屋へやって懸物にでも仕立てさせようと云う気が起った。渋紙の袋を引き出して塵を払いて中を検べると、画は元のまま湿っぽく四折に畳んであった。画のほか・・・ 夏目漱石 「子規の画」
・・・その方がずっと派手で勇ましく、重吉を十倍も強い勇士に仕立てた。田舎小屋の舞台の上で重吉は縦横無尽に暴れ廻り、ただ一人で三十人もの支那兵を斬り殺した。どこでも見物は熱狂し、割れるように喝采した。そして舞台の支那兵たちに、蜜柑や南京豆の皮を投げ・・・ 萩原朔太郎 「日清戦争異聞(原田重吉の夢)」
・・・即ち上等社会、銭に不自由なき良家の子供を学者仕立てに教育するの心得なれども、広き日本国中に子を教育するために余財を貯え余暇を有する者は幾人もあるべからず。この輩のためを謀れば、教育の法も上に記すものとは全くその趣を異にせざるを得ず。即ち編首・・・ 福沢諭吉 「教育の事」
・・・一 尚お成長すれば文字を教え針持つ術を習わし、次第に進めば手紙の文句、算露盤の一通りを授けて、日常の衣服を仕立て家計の出納を帳簿に記して勘定の出来るまでは随分易きことに非ず。父母の心して教う可き所なり。又台所の世帯万端、固より女子の知る・・・ 福沢諭吉 「新女大学」
・・・ 向うの葵の花壇から悪魔が小さな蛙にばけて、ベートーベンの着たような青いフロックコートを羽織りそれに新月よりもけだかいばら娘に仕立てた自分の弟子の手を引いて、大変あわてた風をしてやって来たのです。「や、道をまちがえたかな。それとも地・・・ 宮沢賢治 「ひのきとひなげし」
・・・をしている動物と子供のすきな日本人中野が、市場で亀をひろって育てたことから亀のチャーリーとあだ名され、アメリカの子供の人気を博しつつ、日本の切手や菓子その他を宣伝用具として子供らを教育し、ピオニイルに仕立ててゆく。亀のチャーリーは相もかわら・・・ 宮本百合子 「一連の非プロレタリア的作品」
・・・「和服仕立て致します」「裁縫致します」と細長く切った紙に書いた広告はその家の前に大きく堂々と掲げられていることは殆どない。小さい紙に女のいくらかたどたどしい字で「和服裁縫致します。何番地何某」と、姓だけしか書いてない紙が板塀や電信柱に貼られ・・・ 宮本百合子 「衣服と婦人の生活」
・・・ある子供の両親がその子を何に仕立てていってよいものかと毎夜相談をしている。そう云うある夜、子は夢を見た。野の中で大きな顔に笑われる夢である。翌朝眼が醒めてから子はその夢の中の顔をどうかして彫刻したくなって来た。そこで二ヶ月もかかって漸く彫刻・・・ 横光利一 「夢もろもろ」
出典:青空文庫