・・・ が、いくら酔っていても、久しぶりじゃあるし、志村の一件があるもんだから、大に話がもてたろう。すると君、ほかの連中が気を廻わすのを義理だと心得た顔色で、わいわい騒ぎ立てたんだ。何しろ主人役が音頭をとって、逐一白状に及ばない中は、席を立た・・・ 芥川竜之介 「片恋」
・・・請ふ、なんぢら乾葡萄をもてわが力を補へ。林檎をもて我に力をつけよ。我は愛によりて疾みわづらふ。 或日の暮、ソロモンは宮殿の露台にのぼり、はるかに西の方を眺めやった。シバの女王の住んでいる国はもちろん見えないのに違いなかっ・・・ 芥川竜之介 「三つのなぜ」
・・・という挨拶だけを彼に残して、矢部は星だけがきらきら輝いた真暗なおもてへ駈け出すように出て行ってしまった。彼はそこに立ったまま、こんな結果になった前後の事情を想像しながら遠ざかってゆく靴音を聞き送っていた。 その晩父は、東京を発った時以来・・・ 有島武郎 「親子」
燕という鳥は所をさだめず飛びまわる鳥で、暖かい所を見つけておひっこしをいたします。今は日本が暖かいからおもてに出てごらんなさい。羽根がむらさきのような黒でお腹が白で、のどの所に赤い首巻きをしておとう様のおめしになる燕尾服の・・・ 有島武郎 「燕と王子」
・・・…… ――踊が上手い、声もよし、三味線はおもて芸、下方も、笛まで出来る。しかるに芸人の自覚といった事が少しもない。顔だちも目についたが、色っぽく見えない処へ、媚しさなどは気もなかった。その頃、銀座さんと称うる化粧問屋の大尽があって、新に・・・ 泉鏡花 「開扉一妖帖」
・・・ そと貴船伯に打ち向かいて、沈みたる音調もて、「御前、姫様はようようお泣き止みあそばして、別室におとなしゅういらっしゃいます」 伯はものいわで頷けり。 看護婦はわが医学士の前に進みて、「それでは、あなた」「よろしい」・・・ 泉鏡花 「外科室」
・・・おもてに面した方の窓は障子をはずしてあったので、これは危険だという考えが浮んだ。こないだから持っていた考えだが、――吉弥の関係者は幾人あるか分らないのだから、僕は旅の者だけに、最も多くの恨みを買いやすいのである。いついかなる者から闇打ちを喰・・・ 岩野泡鳴 「耽溺」
・・・ 神イエスキリストをもて人の隠微たることを鞫き給わん日に於てである、其日に於て我等は人を議するが如くに議せられ、人を量るが如くに量らるるのである、其日に於て矜恤ある者は矜恤を以て審判かれ、残酷無慈悲なる者は容赦なく審判かるるのである、「我等・・・ 内村鑑三 「聖書の読方」
・・・と いって、つね子ちゃんは おもてへ いきました。 おとなりの よしおさんと あそんで いると、かぜが ふいて きて、ごみが お目目に はいりました。「ぼくが とって あげよう。」と、よしおさんが とろうと しましたが、とれ・・・ 小川未明 「おっぱい」
・・・ みんなは不思議に思って、顔を上げて、空を見上げようとしますと、真っ青の海のおもてに、三つの黒い人間の影が、ぼんやりと浮かんでいるのが見えたのです。その三つの黒い人間の影には足がありませんでした。 足のあるところは、青い青い海の、う・・・ 小川未明 「黒い人と赤いそり」
出典:青空文庫