・・・もしみずから僣して聡明ということを許されるなら、聡明なからである。仮に現在普通の道徳を私が何らかの点で踏み破るとする。私にはその後のことが気づかわれてならない。それが有形無形の自分の存在に非常の危険を持ち来たす。あるいは百年千年の後には、そ・・・ 島村抱月 「序に代えて人生観上の自然主義を論ず」
・・・私は、その亭主を、仮にこの小品の作者御自身と無理矢理きめてしまって、いわば女房コンスタンチェの私は唯一の味方になり、原作者が女房コンスタンチェを、このように無残に冷たく描写している、その復讐として、若輩ちから及ばぬながら、次回より能う限り意・・・ 太宰治 「女の決闘」
・・・勝治は、その受験勉強の期間中、仮にT大学の予科に籍を置いていたが、風間七郎は、そのT大学の予科の謂わば主であった。年齢もかれこれ三十歳に近い。背広を着ていることの方が多かった。額の狭い、眼のくぼんだ、口の大きい、いかにも精力的な顔をしていた・・・ 太宰治 「花火」
・・・ 尤もこういう研究が仮に出来上がったとしたところで多くの歌人には何の興味もない事ではあるかも知れないが、しかし歌人にして同時に科学者であるような人にとっては少なくも消閑の仕事としてこんな事をつついてみるのも存外面白いかも知れない。 ・・・ 寺田寅彦 「歌の口調」
・・・これを仮に第二次の作戦とすると、そのもう一つ上の第三次の方策は第一次とほぼ同じようなことになるのである。とにかく幼少なる「加八」君はここでそのありたけの深謀をちゃんちゃんこの裏にめぐらして最後の狙いを定めて「ズドーン」と云って火蓋を切る真似・・・ 寺田寅彦 「追憶の冬夜」
・・・そうすると合計nかけるのm本の線が空間に複雑なる網を織りだす。仮にnが一千万、mが百とすると十億本の線が空間に入乱れる。これらの線が一度はどこかの郵便局へ束になって集められ、そこで選り分けられて、幾筋かの鉄道線路に流れ込み、それが途中で次々・・・ 寺田寅彦 「年賀状」
・・・ ナ、何を馬鹿な、俺は仮にも職長だ、会社の信任を負い、また一面、奴らの信頼を荷のうて、数百の頭に立っているのだ……あンな恩知らずの、義理知らずの、奴らに恐れて、家をたたんで逃げ出すなンて、そんな侮辱された話があるものか。「うるさいッ・・・ 徳永直 「眼」
・・・そういう奴が出たのは仮に悪いとしても、乃木さんは決して不成功ではない。結果には多少悪いところがあっても、乃木さんの行為の至誠であるということはあなた方を感動せしめる。それが私には成功だと認められる。そういう意味の成功である。だからインデペン・・・ 夏目漱石 「模倣と独立」
・・・一 言葉を慎みて多すべからず。仮にも人を誹り偽を言べからず。人の謗を聞ことあらば心に納て人に伝へ語べからず。譏を言伝ふるより、親類とも間悪敷なり、家の内治らず。 言語を慎みて多くす可らずとは、寡黙を守れとの意味ならん・・・ 福沢諭吉 「女大学評論」
・・・故に今仮に古人の言に従って孝を百行の本とするも、その孝徳を発生せしむるの根本は、夫婦の徳心に胚胎するものといわざるを得ず。男女の関係は人生に至大至重の事なり。 夫婦家に居て親子・兄弟姉妹の関係を生じ、その関係について徳義の要用を感じ、家・・・ 福沢諭吉 「日本男子論」
出典:青空文庫