・・・この画というのは、巨大な軍服に白手袋の魯国が仰向きに倒れんとして辛くも首と肱とで体を支えている腹の上に、身長五分ばかりの眉目の吊上った日本兵がのって銃剣をつきつけているイギリス漫画である。三十二年後の今日の漫画家は果してどのようなカトゥーン・・・ 宮本百合子 「中條精一郎の「家信抄」まえがきおよび註」
・・・ 彼は、右の片足をしっかり捕えて居る繩の条じ目を、ぼんやり痛く感じながら、静かに目を瞑って仰向きになって居るのである。 斯うして居るうちに、夜は百年昔と同じに、彼の幸福であったきのうの朝が明けた通りに、段々明るんで来た。 四辺の・・・ 宮本百合子 「一条の繩」
・・・もう重吉は、つぎは俺がしてやると云わず、よみかけの書物を枕のわきに伏せながら、仰向きにねていた。 七 十日ほど重吉が引こもっていたうちに、丘と丘の間にある自立会に向って、四方から流れよって来ていた力が、渦になっ・・・ 宮本百合子 「風知草」
・・・ 猫背の馭者は将棋盤を枕にして仰向きになったまま、簀の子を洗っている饅頭屋の主婦の方へ頭を向けた。「饅頭はまだ蒸さらんかいのう?」 七 馬車は何時になったら出るのであろう。宿場に集った人々の汗は乾いた。し・・・ 横光利一 「蠅」
・・・額の染った高田は仰向きに倒れて空を仰いだときだった。灯をつけた低空飛行の水上機が一機、丘すれすれに爆音をたてて舞って来た。「おい、栖方の光線、あいつなら落せるかい。」と高田は手枕のまま栖方の方を見て云った。一瞬どよめいていた座はしんと静・・・ 横光利一 「微笑」
出典:青空文庫