・・・「万事にかない給うおん主、おん計らいに任せ奉る。」 やっと縄を離れたおぎんは、茫然としばらく佇んでいた。が、孫七やおすみを見ると、急にその前へ跪きながら、何も云わずに涙を流した。孫七はやはり眼を閉じている。おすみも顔をそむけたまま、・・・ 芥川竜之介 「おぎん」
・・・どうしてもお前達を子守に任せておけないで、毎晩お前たち三人を自分の枕許や、左右に臥らして、夜通し一人を寝かしつけたり、一人に牛乳を温めてあてがったり、一人に小用をさせたりして、碌々熟睡する暇もなく愛の限りを尽したお前たちの母上が、四十一度と・・・ 有島武郎 「小さき者へ」
・・・ ――今朝も、その慈愛の露を吸った勢で、謹三がここへ来たのは、金石の港に何某とて、器具商があって、それにも工賃の貸がある……懸を乞いに出たのであった―― 若いものの癖として、出たとこ勝負の元気に任せて、影も見ないで、日盛を、松並木の焦・・・ 泉鏡花 「瓜の涙」
・・・わが身心をわが思いに任せられないとは、人間というものは考えて見るとばかげきったものだ。結婚せねばならぬという理屈でよくは性根もわからぬ人と人為的に引き寄せられて、そうして自ら機械のごときものになっていねばならぬのが道徳というものならば、道徳・・・ 伊藤左千夫 「隣の嫁」
・・・ 鴎外の博覧強記は誰も知らぬものはないが、学術書だろうが、通俗書だろうが、手当り任せに極めて多方面に渉って集めもし読みもした。或る時尋ねると、極細い真書きで精々と写し物をしているので、何を写しているかと訊くと、その頃地学雑誌に連掲中・・・ 内田魯庵 「鴎外博士の追憶」
・・・「まあ笑談は措いて、きっとこれから金さんの気に入ろうというのを世話するから、私に一つお任せなね」「そりゃ任せようとも、お前に似てさえいりゃ俺の気に入るんだから」「およしよ、からかうのは。私のようなこんな気の利かないお多福でなしに・・・ 小栗風葉 「深川女房」
・・・……お君が嫁いだ後、金助は手伝い婆さんを雇って家の中を任せていたのだが、選りによって婆さんは腰が曲り、耳も遠かった。「このたびはえらい御不幸な……」 と挨拶した婆さんに抱いていた子供を預けると、お君は一張羅の小浜縮緬の羽織も脱がず、・・・ 織田作之助 「雨」
・・・ 喬はその醜い女とこの女とを思い比べながら、耳は女のお喋りに任せていた。「あんたは温柔しいな」と女は言った。 女の肌は熱かった。新しいところへ触れて行くたびに「これは熱い」と思われた。――「またこれから行かんならん」と言って・・・ 梶井基次郎 「ある心の風景」
・・・』と酔に任せて詰寄りました。すると母は僕の剣幕の余り鋭いので喫驚して僕の顔を見て居るばかり、一言も発しません。『サア理由を聞きましょう。怨霊が私に乗移って居るから気味が悪いというのでしょう。それは気味が悪いでしょうよ。私は怨霊の児ですも・・・ 国木田独歩 「運命論者」
・・・哺乳は乳母任せ、身のまわりの世話は女中まかせ、学資は夫まかせで、自分は精神上の薫陶だけしようとしたって、効果の上るはずはない。 しかしただ教育的で厳しいだけで、ちっとも子どもを甘やかすというところのない母親は美しいものではない。そこには・・・ 倉田百三 「女性の諸問題」
出典:青空文庫