・・・思うにこの田中君のごときはすでに一種のタイプなのだから、神田本郷辺のバアやカッフェ、青年会館や音楽学校の音楽会兜屋や三会堂の展覧会などへ行くと、必ず二三人はこの連中が、傲然と俗衆を睥睨している。だからこの上明瞭な田中君の肖像が欲しければ、そ・・・ 芥川竜之介 「葱」
・・・だから君、火星のアアビングや団十郎は、ニコライの会堂の円天蓋よりも大きい位な烏帽子を冠ってるよ』『驚いた』『驚くだろう?』『君の法螺にさ』『法螺じゃない、真実の事だ。少くとも夢の中の事実だ。それで君、ニコライの会堂の屋根を冠・・・ 石川啄木 「火星の芝居」
・・・おりおり立ち止まっては毛布から雪を払いながら歩みます、私はその以前にもキリスト教の会堂に入ったことがあるかも知れませんが、この夜の事ほどよく心に残っていることはなく、したがってかの晩初めて会堂に行った気が今でもするのであります。 道々二・・・ 国木田独歩 「あの時分」
・・・ 二十五日、朝、基督教会堂に行きて説教をきく。仏教もこの教も人の口より聞けば有難からずと思いぬ。 二十六日、いかがなしけん頭痛烈しくしていかんともしがたし。 二十七日、同じく頭痛す。 二十八日、少許の金と福島までの馬車券とを・・・ 幸田露伴 「突貫紀行」
・・・彼らは人に顕さんとて、会堂や大路の角に立ちて祈ることを好む。」ちゃんと指摘されています。 君の手紙だって同じ事です。君は、君自身の「かよわい」善良さを矢鱈に売込もうとしているようで、実にみっともない。君は、そんなに「かよわく」善良なので・・・ 太宰治 「風の便り」
・・・凡てその所作は人に見られん為にするなり、即ちその経札を幅ひろくし、衣の総を大きくし、饗宴の上席、会堂の上座、市場にての敬礼、また人にラビと呼ばるることを好む。されど汝らはラビの称を受くな。また、導師の称を受くな。 禍害なるかな、偽善なる・・・ 太宰治 「如是我聞」
・・・市役所の時計が十二時を打つと同時に隣のヨハン会堂の鐘が鳴り出す。群集が一度にプロージット・ノイヤール、プロージット・ノイヤールと叫ぶ。爆竹に火をつけて群集の中へ投げ出す。赤や青の火の玉を投げ上げる。遅れて来る人々もあちこちの横町からプロージ・・・ 寺田寅彦 「先生への通信」
・・・ 寺院の鐘が晴れやかな旋律で鳴り響いた。会堂の窓からのぞいて見ると若いのや年取ったのやおおぜいのシナの婦人がみんなひざまずいてそしてからだを揺り動かして拍子をとりながら何かうたっている。 道ばたで薄ぎたないシナ人がおおぜい花崗石を細・・・ 寺田寅彦 「旅日記から(明治四十二年)」
・・・黒天鵞絨のクションのまん中に美しい小さな勲章をのせたのをひもで肩からつり下げそれを胸の前に両手でささげながら白日の下を門から会堂までわずかな距離を歩いた。冬向きにこしらえた一ちょうらのフロックがひどく暑苦しく思われたことを思い出すことができ・・・ 寺田寅彦 「B教授の死」
・・・本堂は間もなく寄附金によって、基督新教の会堂の如く半分西洋風に新築されるという話……ああ何たる進歩であろう。 私は記憶している。まだ六ツか七ツの時分、芝の増上寺から移ってこの伝通院の住職になった老僧が、紫の紐をつけた長柄の駕籠に乗り、随・・・ 永井荷風 「伝通院」
出典:青空文庫