・・・ 鼠色の壁と、不景気なガラス窓とに囲まれた、伽藍のような講堂には、何百人かの罹災民諸君が、雑然として、憔悴した顔を並べていた。垢じみた浴衣で、肌っこに白雲のある男の児をおぶった、おかみさんもあった。よごれた、薄いどてらに手ぬぐいの帯をし・・・ 芥川竜之介 「水の三日」
・・・それはどこかの大伽藍にあった、色彩の水々しい油画だった。従って林檎はこの時以来、彼には昔の「智慧の果」の外にも近代の「静物」に変り出した。 ファウストは敬虔の念のためか、一度も林檎を食ったことはなかった。が或嵐の烈しい夜、ふと腹の減った・・・ 芥川竜之介 「三つのなぜ」
・・・賑いますのは花の時分、盛夏三伏の頃、唯今はもう九月中旬、秋の初で、北国は早く涼風が立ますから、これが逗留の客と云う程の者もなく、二階も下も伽藍堂、たまたまのお客は、難船が山の陰を見附けた心持でありますから。「こっちへ。」と婢女が、先に立・・・ 泉鏡花 「湯女の魂」
・・・この向島名物の一つに数えられた大伽藍が松雲和尚の刻んだ捻華微笑の本尊や鉄牛血書の経巻やその他の寺宝と共に尽く灰となってしまったが、この門前の椿岳旧棲の梵雲庵もまた劫火に亡び玄関の正面の梵字の円い額も左右の柱の「能発一念喜愛心」及び「不断煩悩・・・ 内田魯庵 「淡島椿岳」
・・・大伽藍。いいえ、そんなんじゃない。もっと、もっと神々しい。「みんなを愛したい」と涙が出そうなくらい思いました。じっと空を見ていると、だんだん空が変ってゆくのです。だんだん青味がかってゆくのです。ただ、溜息ばかりで、裸になってしまいたくな・・・ 太宰治 「女生徒」
・・・ちょうど子供がおもちゃの積み木で伽藍の雛形をこしらえようとしているのとよく似た仕事である。それが多少でも伽藍らしい格好になるかならないかもおぼつかないくらいである。しかし古来の名匠は天然の岩塊や樹梢からも建築の様式に関する暗示を受け取ったと・・・ 寺田寅彦 「浮世絵の曲線」
・・・ほかの名高い伽藍にくらべて別に立派なとも思いませんが両側に相対してそびえた鐘楼がちょっと変わった感じを与えます。入り口をはいるとここに限らず一時まっ暗になる。足もとから不意に鋭い声でプール・レ・ポーヴルと呼びかける。まっ白い大きな頭巾を着た・・・ 寺田寅彦 「先生への通信」
・・・子供の給仕人が日本の切手をくれとねだった。伽藍を見物に行く。案内のじいさんを三リラで雇ったが、早口のドイツ語はよく聞き取れなかった。夏至の日に天井の穴から日が差し込むという事だけはよくわかった。ステインドグラスの説明には年号や使徒の名などが・・・ 寺田寅彦 「旅日記から(明治四十二年)」
・・・ 已に半世紀近き以前一種の政治的革命が東叡山の大伽藍を灰燼となしてしまった。それ以来新しくこの都に建設せられた新しい文明は、汽車と電車と製造揚を造った代り、建築と称する大なる国民的芸術を全く滅してしまった。そして一刻一刻、時間の進むごと・・・ 永井荷風 「霊廟」
・・・彼は田舎に閑居して都の中央にある大伽藍を遥かに眺めたつもりであった。余は三度び首を出した。そして彼のいわゆる「倫敦の方」へと視線を延ばした。しかしウェストミンスターも見えぬ、セント・ポールズも見えぬ。数万の家、数十万の人、数百万の物音は余と・・・ 夏目漱石 「カーライル博物館」
出典:青空文庫