・・・されば、道命が住所は霊鷲宝土じゃ。その方づれ如き、小乗臭糞の持戒者が、妄に足を容るべきの仏国でない。」 こう云って阿闍梨は容をあらためると、水晶の念珠を振って、苦々しげに叱りつけた。「業畜、急々に退き居ろう。」 すると、翁は、黄・・・ 芥川竜之介 「道祖問答」
・・・ と膝をぐったり、と頭を振って、「失礼ですが、お住所は?」「は、提灯よ。」 と目許の微笑。丁と、手にした猪口を落すように置くと、手巾ではっと口を押えて、自分でも可笑かったか、くすくす笑う。「町名、町名、結構。」 一帆・・・ 泉鏡花 「妖術」
・・・そして、レオナドその人は国籍もなく一定の住所もなく、きのうは味方、きょうは敵国のため、ただ労働神聖の主義をもって、その科学的な多能多才の応ずるところ、築城、建築、設計、発明、彫刻、絵画など――ことに絵画はかれをして後世永久の名を残さしめた物・・・ 岩野泡鳴 「耽溺」
・・・名刺には、東京の住所と文学博士山本誠という名が書いてありました。「私は、古代民族の歴史を研究しているので、こうして、方々を歩いています。」といいました。 信吉は、自分の持っているものが、いつか学問のうえに役立てば、ひとりこの人のみの・・・ 小川未明 「銀河の下の町」
・・・ 近所に郵便局があるので、取りに行けばよさそうなものだし、自分で行くのが面倒だったら、家政婦に行かせばよさそうなものだのに、為替に住所姓名を書いて印を押すのが面倒な上に、家政婦に郵便局へ行ってくれと頼むのが既に面倒くさいのだ。一つには、・・・ 織田作之助 「鬼」
・・・いや、無学文盲で将棋のほかには何にも判らず、世間づきあいも出来ず、他人の仲介がなくてはひとに会えず、住所を秘し、玄関の戸はあけたことがなく、孤独な将棋馬鹿であった坂田の一生には、随分横紙破りの茶目気もあったし、世間の人気もあったが、やはり悲・・・ 織田作之助 「可能性の文学」
・・・が、いや、差しかかった主人の用向が大切だ、またおれの一命はこんなところで果すべきものではないと、思いかえして、堪忍をこらし、無事に其の時の用を弁じて間もなく退役し、自ら禄を離れて、住所を広島に移して斗籌を手にする身となった……。 それよ・・・ 織田作之助 「勧善懲悪」
・・・一代に何人かの男があったことは薄々知っていたが、住所を教えていたところを見ればまだ関係が続いているのかと、感覚的にたまらなかった。寺田はその葉書を破って捨てると、血相を変えて病室へはいって行った。しかし、一代は油汗を流してのたうち廻っていた・・・ 織田作之助 「競馬」
・・・ そして、開店の日はぜひ招待したいから、住所を知らせてくれと言うのである。住所を控えると、「――ぜひ来とくれやっしゃ。あんさんは第一番に来て貰わんことには……」 雑誌のことには触れなかったが、雑誌で激励された礼をしたいという意味・・・ 織田作之助 「神経」
・・・ 貴様は! 厭に邸内をジロ/\覗き歩いて居るが、一体貴様は何者か? 職業は? 住所は?」 で彼は何気ない風を装うつもりで、扇をパチ/\云わせ、息の詰まる思いしながら、細い通りの真中を大手を振ってやって来る見あげるような大男の側を、急ぎ脚・・・ 葛西善蔵 「子をつれて」
出典:青空文庫