・・・固い浪。佐渡が、臥牛のようにゆったり水平線に横わって居ります。空も低い。風の無い静かな夕暮でありましたが、空には、きれぎれの真黒い雲が泳いでいて、陰鬱でありました。荒海や佐渡に、と口ずさんだ芭蕉の傷心もわかるような気が致しましたが、あのじい・・・ 太宰治 「みみずく通信」
・・・まだ宵のうちは帳場の蓄音機が人寄せの佐渡おけさを繰り返していると、ぽつぽつ付近の丘の上から別荘の人たちが見物に出かけて来る。はじめは小さな女の子など、それに帳場の若い人たちが加わって踊っているうちに、だんだんにおとなも加わって、いつとなしに・・・ 寺田寅彦 「沓掛より」
・・・土佐 門狭ですなわち佐渡の狭門に同じく狭い海峡をはいって行く国だとの説がある。しかしアイヌで「ツサ」は袖の義である。土佐の海岸どこに立って見ても東西に陸地が両袖を拡げたようになっているから、この附会は附会として興味がある。もしこれが・・・ 寺田寅彦 「土佐の地名」
・・・ 一例として「荒海や佐渡に横とう天の川」という句をとって考えてみる。西洋人流の科学的な態度から見た客観的写生的描写だと思って見れば、これは実につまらない短い記載的なセンテンスである。最も有利な見方をしても結局一枚の水彩画の内容の最も簡単・・・ 寺田寅彦 「俳句の精神」
・・・きものを択みなば鶯や柳のうしろ藪の前 芭蕉梅が香にのっと日の出る山路かな 同古寺の桃に米蹈む男かな 同時鳥大竹藪を漏る月夜 同さゝれ蟹足はひ上る清水かな 同荒海や佐渡に横ふ天の川 同猪も共に吹かる・・・ 正岡子規 「俳人蕪村」
・・・ 先だって三綱橋のお祝いのときにも、佐渡の御隠居があんなにわいわい云ったって、やはり寄附金が少なかったから、見たことか、ああやって私よりは下座へ据えられて、夜のお振舞いにだって呼ばれはしない。 町会議員を息子に持っていると威張ったと・・・ 宮本百合子 「禰宜様宮田」
・・・住つかぬ旅の心や置炬燵うき我をさびしがらせよかんこ鳥 雄大、優婉な趣は、辛崎の松は花より朧にて五月雨にかくれぬものや瀬田の橋暑き日を海にいれたり最上川荒海や佐渡によこたふ天の河 そして・・・ 宮本百合子 「芭蕉について」
・・・この男は佐渡の二郎で六貫文につけたのである。「横着者奴」と宮崎が叫んで立ちかかれば、「出し抜こうとしたのはおぬしじゃ」と佐渡が身構えをする。二艘の舟がかしいで、舷が水を笞った。 大夫は二人の船頭の顔を冷ややかに見較べた。「あわてるな・・・ 森鴎外 「山椒大夫」
出典:青空文庫