・・・ 二三年まえ、罪なきものを殴り、蹴ちらかして、馬の如く巷を走り狂い、いまもなお、ときたま、余燼ばくはつして、とりかえしのつかぬことをしてしまうのである。どうにでもなれと、一日一ぱいふんぞりかえって寝て居ると、わが身に、慈眼の波ただよい、言葉・・・ 太宰治 「もの思う葦」
・・・暗いからわからぬが、何か釜らしいものが戸外の一隅にあって、薪の余燼が赤く見えた。薄い煙が提燈を掠めて淡く靡いている。提燈に、しるこ一杯五銭と書いてあるのが、胸が苦しくって苦しくってしかたがないにもかかわらずはっきりと眼に映じた。 「しる・・・ 田山花袋 「一兵卒」
・・・そしてこれに新しき衝動を与えるものは往々にして古き考えの余燼から産れ出るのである。 現今大戦の影響であらゆる科学は応用の方面に徴発されている。応用方面の刺戟で科学の進歩する事は日常の事であるから、このために科学が各方面に進歩する事は疑い・・・ 寺田寅彦 「科学上の骨董趣味と温故知新」
出典:青空文庫