・・・若いころには、相応に名も出て、二、三の作品はずいぶん喝采されたこともある。いや、三十七歳の今日、こうしてつまらぬ雑誌社の社員になって、毎日毎日通っていって、つまらぬ雑誌の校正までして、平凡に文壇の地平線以下に沈没してしまおうとはみずからも思・・・ 田山花袋 「少女病」
・・・ベートーヴェンの作品でも大きなシンフォニーなどより、むしろカンマームジークの類を好むという事や、ショパン、シューマンその他浪漫派の作者や、またワグナーその他の楽劇にあまり同情しない事なども、何となく彼の面目を想像させる。 絵画には全く無・・・ 寺田寅彦 「アインシュタイン」
・・・ あらゆる方面から来る材料が一つの釜で混ぜられ、こなされて、それからまた新しい一つのものが生れるという過程は、人間の精神界の製作品にもそれに類似した過程のある事を聯想させない訳にはゆかなかった。 そのような聯想から私はふとエマーソン・・・ 寺田寅彦 「浅草紙」
・・・論より証拠、先ず試みに『詩経』を繙いても、『唐詩選』、『三体詩』を開いても、わが俳句にある如き雨漏りの天井、破れ障子、人馬鳥獣の糞、便所、台所などに、純芸術的な興味を托した作品は容易に見出されない。希臘羅馬以降泰西の文学は如何ほど熾であった・・・ 永井荷風 「妾宅」
・・・あるいは人間の機微に触れた内部の消息を伝えた作品を第一位に据えてもいい。あるいは平々淡々のうちに人を引き着ける垢抜けのした著述を推すもいい。猛烈なものでも、沈静なものでも、形式の整ったものでも、放縦にしてまとまらぬうちに面白味のあるものでも・・・ 夏目漱石 「作物の批評」
・・・されば芸術品の表装は、我等の作品の一部分であるにかかはらず、その実我等自身の趣味に属してゐないもの、むしろ多くの場合それは他人の趣味に属してゐる。しかしてこの一つの奇異なる事実――それが他人の趣味によつて選定されるといふこと――が、美術品や・・・ 萩原朔太郎 「装幀の意義」
・・・溝口という監督の熱心さ、心くばり、感覚の方向というものがこの作品には充実して盛られている。信州地方の風景的生活的特色、東京の裏町の生活気分を、対比してそれぞれを特徴において描こうとしているところ、又、主人公おふみの生きる姿の推移をその雰囲気・・・ 宮本百合子 「「愛怨峡」における映画的表現の問題」
・・・木村の関係している雑誌に出ている作品には、どれにも情調がない。木村自己のものにも情調がないようである。」 約めて言えばこれだけである。そして反対に情調のある文芸というものが例で示してあったが、それが一々木村の感服しているものでなかった。・・・ 森鴎外 「あそび」
優れた作品を書く方法の一つとして、一日に一度は是非自分がその日のうちに死ぬと思うこと、とジッドはいったということであるが、一日に一度ではなくとも、三日に一度は私たちでもそのように思う癖がある。殊に子供を持つようになってからはなおさらそ・・・ 横光利一 「作家の生活」
・・・杯、笛、匙などは、どこで見ても、ヨーロッパのロマネスクの作品と比し得べき芸術品であった。 しかもこれらすべては、美しく熟した果物の表面を飾っている柔らかい色づいた表皮のようなものである。その下に美味な果肉がある。すなわち民族全体は、最も・・・ 和辻哲郎 「アフリカの文化」
出典:青空文庫