・・・班女といい、業平という、武蔵野の昔は知らず、遠くは多くの江戸浄瑠璃作者、近くは河竹黙阿弥翁が、浅草寺の鐘の音とともに、その殺し場のシュチンムングを、最も力強く表わすために、しばしば、その世話物の中に用いたものは、実にこの大川のさびしい水の響・・・ 芥川竜之介 「大川の水」
・・・これもそう無性に喜ぶほど、悪魔の成功だったかどうか、作者は甚だ懐疑的である。 芥川竜之介 「おぎん」
・・・信也氏が作者に話したのを直接に聞いた時は、そんなにも思わなかった。が、ここに書きとると何だか誇張したもののように聞こえてよくない。もっとも読者諸賢に対して、作者は謹んで真面目である。処を、信也氏は実は酔っていた。 宵から、銀座裏の、腰掛・・・ 泉鏡花 「開扉一妖帖」
・・・ お袋は、それから、なお世間話を初める、その間々にも、僕をおだてる言葉を絶たないと同時に、自分の自慢話しがあり、金はたまらないが身に絹物をはなさないとか、作者の誰れ彼れはちょくちょく遊びに来るとか、商売がらでもあるが国府津を初め、日光、・・・ 岩野泡鳴 「耽溺」
「僕は、本月本日を以て目出たく死去仕候」という死亡の自家広告を出したのは斎藤緑雨が一生のお別れの皮肉というよりも江戸ッ子作者の最後のシャレの吐きじまいをしたので、化政度戯作文学のラスト・スパークである。緑雨以後真の江戸ッ子文学は絶えてし・・・ 内田魯庵 「斎藤緑雨」
・・・ この絵を描くと云うような気持で、更に想像的に作者の気持を文章の上に於て書き得ると信ずる。それが即ち文芸上の色彩派の行き方である。筋とか、時間的の変遷とか云うものを描くのではなくて、そこに自分が外界から受け得た刺戟とか、胸の中の苦悶とか・・・ 小川未明 「動く絵と新しき夢幻」
・・・若い世代でいい科白の書けるのは、最近なくなった森本薫氏ぐらいのもので、菊田一夫氏の書いている科白などは、森本薫氏のそれにくらべると、はるかにエスプリがなく、背後に作者のインテリゼンスが感じられず、たとえば通俗小説ばかり書いている人の文章が純・・・ 織田作之助 「大阪の可能性」
・・・しかもそうした友人たちが主催となって、彼の成功した労作のために祝意を表そうというのだ。作者としては非常な名誉なわけだ。 午後、土井は袴羽織の出席の支度で、私の下宿へ寄った。私は昨晩から笹川のいわゆるしっぺ返しという苦い味で満腹して、ほと・・・ 葛西善蔵 「遁走」
・・・自分の夢多き空想だとして、現実主義の恋愛作者に追従したりする必要はない。 観念的映像が多いだけむしろよく、それが青春の標徴である。恋愛を単に生物学的に考えたがることほど粗野なことはない。知性の進歩はその方角にあるのではない。恋愛を性慾的・・・ 倉田百三 「学生と生活」
・・・江見水蔭、小杉天外、泉鏡花、饗庭篁村、村居松葉、戸川残花、須藤南翠、村井弦斎、遅塚麗水、福地桜痴等がその作者だった。今手あたり次第に饗庭篁村の「従軍人夫」、江見水蔭の「夏服士官」「雪戦」「病死兵」、村井弦斎の「旭日桜」等を取って見るのに、恐・・・ 黒島伝治 「明治の戦争文学」
出典:青空文庫