・・・さるを今の作者の無智文盲とて古人の出放題に誤られ、痔持の療治をするように矢鱈無性に勧懲々々というは何事ぞと、近頃二三の学者先生切歯をしてもどかしがられたるは御尤千万とおぼゆ。主人の美術定義を拡充して之を小説に及ぼせばとて同じ事なり。抑々小説・・・ 二葉亭四迷 「小説総論」
脚本作者ピエエル・オオビュルナンの給仕クレマンが、主人の書斎の戸を大切そうに開いた。ちょうど堂守が寺院の扉を開くような工合である。そして郵便物を載せた銀盤を卓の一番端の処へ、注意してそっと置いた。この銀盤は偶然だが、実際あ・・・ 著:プレヴォーマルセル 訳:森鴎外 「田舎」
・・・この種々な物を彫刻家が刻んだ時は、この種々な物が作者の生々した心持の中から生れて来て、譬えば海から上った魚が網に包まれるように、芸術の形式に包まれた物であろう。己はお前達の美に縛せられて、お前達を弄んだお蔭で、お前達の魂を仮面を隔てて感じる・・・ 著:ホーフマンスタールフーゴー・フォン 訳:森鴎外 「痴人と死と」
・・・その抽んでたる所以は、他集の歌が豪も作者の感情を現し得ざるに反し、『万葉』の歌は善くこれを現したるにあり。他集が感情を現し得ざるは感情をありのままに写さざるがためにして、『万葉』がこれを現し得たるはこれをありのままに写したるがためなり。曙覧・・・ 正岡子規 「曙覧の歌」
・・・この童話集の一列は実に作者の心象スケッチの一部である。それは少年少女期の終りごろから、アドレッセンス中葉に対する一つの文学としての形式をとっている。この見地からその特色を数えるならば次の諸点に帰する。一 これは正しいものの種子を有し・・・ 宮沢賢治 「『注文の多い料理店』新刊案内」
・・・の夏子の愛くるしさは躍如としているし、その愛らしい妹への野々村の情愛、夏子を愛する村岡の率直な情熱、思い設けない夏子の病死と死の悲しみにたえて行こうとする村岡の心持など、いかにもこの作者らしい一貫性で語られている。 こういう文章のたちと・・・ 宮本百合子 「「愛と死」」
・・・中には木村が、立派な作者があんな物を書かなければ好いにと思ったものなんぞが挙げてあった。 一体書いてある事が、木村には善くは分からない。シチュアシヨンの上に成り立つ情調なんぞと云う詞を読んでも、何物をもはっきり考えることが出来ない。木村・・・ 森鴎外 「あそび」
この対話に出づる人物は 貴夫人 男の二人なり。作者が女とも女子とも云わずして、貴夫人と云うは、その人の性を指すと同時に、齢をも指せるなり。この貴夫人と云う詞は、女の生涯のうちある五年間を指す・・・ 著:モルナールフェレンツ 訳:森鴎外 「辻馬車」
・・・しかし、何といっても、作家も人間である以上は、一人で一切の生活を通過するということは不可能なことであるから、何事をも正確に生き生きと書き得られるということは所詮それは夢想に同じであるが、私たちにしても作者の顔や過去を知っているときは、もうそ・・・ 横光利一 「作家の生活」
・・・製作者自身は真実を書いているつもりでも、興奮に足をさらわれて手綱の取り方をゆるがせにすれば、書かれた物の内からは必ず虚偽が響き出る。大業にすることはすなわち致命傷であった。 私はこの点に自己を警戒すべき重大事を認めた。いかに苦しんでも苦・・・ 和辻哲郎 「生きること作ること」
出典:青空文庫