・・・そしてきゃっきゃっと笑いながら何か喋り合っていたが、彼女の使う言葉はある自由さを持った西洋人の日本語で、それを彼女が喋るとき青年達を給仕していたときとはまるでちがった変な魅力が生じた。「僕は一度こんな小説を読んだことがある」 聴き手・・・ 梶井基次郎 「ある崖上の感情」
・・・ 叔父の家はその土地の豪家で、山林田畑をたくさん持って、家に使う男女も常に七八人いたのである。僕は僕の少年の時代をいなかで過ごさしてくれた父母の好意を感謝せざるを得ない。もし僕が八歳の時父母とともに東京に出ていたならば、僕の今日はよほど・・・ 国木田独歩 「少年の悲哀」
・・・ のみならず、相手がこちらの手を強く握りかえした時には、それは、何を意味しているか、握手と同時に、眼をどう使うと、それはこう云っているのだ。気がすすまぬように、だらりと手を出せば、それは見込がない。等々……。握手と同時に現われる、相手の・・・ 黒島伝治 「渦巻ける烏の群」
・・・聞くさえ忌わしいことだが、掘出し物という語は無論こういう事に本づいて出来た語だから、いやしくも普通人的感情を有している者の使うべきでも思うべきでもない語であり事である。それにも関わらず掘出し物根性の者が多く、蚤取り眼、熊鷹目で、内心大掘出し・・・ 幸田露伴 「骨董」
・・・そういう動作をしているお前の妹の顔は、お前が笑うような形容詞を使うことになるが、紙のように蒼白だった。しかし、それは本当にしっかりした、もの確かな動作だったよ。特高が入ってきて、妹を見ると、「よウ!」と云った。妹は唇のホンの隅だけを動かして・・・ 小林多喜二 「母たち」
・・・わざと乱暴な言葉を使う。『時計を買いやがった――動いていやがらあ』――お前たちのはその調子だもの。」「いけねえ、いけねえ。」と、次郎は頭をかきながら食った。「とうさんがそんなことを言ったって、みんながそうだからしかたがない。」と、三・・・ 島崎藤村 「嵐」
・・・今では、絶対値の級数が収斂する意味に使うのです。級数が収斂し、絶対値の級数が収斂しないときには項の順序をかえて、任意の limit に tend させることができるということから、絶対値の級数が収斂しなければならぬということになるから、それ・・・ 太宰治 「愛と美について」
・・・けれど無言の自然を見るよりも活きた人間を眺めるのは困難なもので、あまりしげしげ見て、悟られてはという気があるので、わきを見ているような顔をして、そして電光のように早く鋭くながし眼を遣う。誰だか言った、電車で女を見るのは正面ではあまりまばゆく・・・ 田山花袋 「少女病」
・・・ 紙の色は鈍い鼠色で、ちょうど子供等の手工に使う粘土のような色をしている。片側は滑かであるが、裏側はずいぶんざらざらして荒筵のような縞目が目立って見える。しかし日光に透かして見るとこれとはまた独立な、もっと細かく規則正しい簾のような縞目・・・ 寺田寅彦 「浅草紙」
・・・庄ちゃんが困っていると、そんなら私のお金が少しあるさかえ、あれ使うことや、といったようなもんや」 お絹の口ぶりによると、弟娵がいつでも問題になるらしかった。そしてそれを言うのはお絹だった。弟は妻のために、お絹姉さんを、少し文句の多すぎる・・・ 徳田秋声 「挿話」
出典:青空文庫