「侏儒の言葉」の序「侏儒の言葉」は必しもわたしの思想を伝えるものではない。唯わたしの思想の変化を時々窺わせるのに過ぎぬものである。一本の草よりも一すじの蔓草、――しかもその蔓草は幾すじも蔓を伸ばしているかも知れ・・・ 芥川竜之介 「侏儒の言葉」
・・・するとまず記憶に浮かんだのは「侏儒の言葉」の中のアフォリズムだった。それから「地獄変」の主人公、――良秀と云う画師の運命だった。それから……僕は巻煙草をふかしながら、こう云う記憶から逃れる為にこのカッフェの中を眺めまわした。僕のここへ避難し・・・ 芥川竜之介 「歯車」
・・・小児だか、侏儒だか、小男だか。ただ船虫の影の拡ったほどのものが、靄に沁み出て、一段、一段と這上る。…… しょぼけ返って、蠢くたびに、啾々と陰気に幽な音がする。腐れた肺が呼吸に鳴るのか――ぐしょ濡れで裾から雫が垂れるから、骨を絞る響であろ・・・ 泉鏡花 「貝の穴に河童の居る事」
・・・ まだ、その蜘蛛大名の一座に、胴の太い、脚の短い、芋虫が髪を結って、緋の腰布を捲いたような侏儒の婦が、三人ばかりいた。それが、見世ものの踊を済まして、寝しなに町の湯へ入る時は、風呂の縁へ両手を掛けて、横に両脚でドブンと浸る。そして湯の中・・・ 泉鏡花 「国貞えがく」
・・・ ふと見つけたのは、ただ一本、スッと生えた、侏儒が渋蛇目傘を半びらきにしたような、洒落ものの茸であった。「旦那さん、早く、あなた、ここへ、ここへ。」「や、先刻見た、かっぱだね。かっぱ占地茸……」「一つですから、一本占地茸とも・・・ 泉鏡花 「小春の狐」
・・・ そこで、今かりにここに侏儒の国があって、その国の人間の身体の週期がわれわれの週期の十分の一であったとする。するとこれらの侏儒のダンスはわれわれの目には実に目まぐるしいほどテンポが早くて、どんなステップを踏んでいるか判断ができないくらい・・・ 寺田寅彦 「空想日録」
・・・「鼻」「芋粥」「羅生門」のようなものであったことも考えさせるものを持っている。「侏儒の言葉」の中で「どうか勇ましい英雄にして下さいますな。」「わたしは竜と闘うように、この夢と闘うのに苦しんで居ります。どうか英雄とならぬように――英雄の志を起・・・ 宮本百合子 「昭和の十四年間」
出典:青空文庫