・・・香火を供える。この後の山なぞには、姿の好い松が沢山あったが、皆康頼に伐られてしもうた。伐って何にするかと思えば、千本の卒塔婆を拵えた上、一々それに歌を書いては、海の中へ抛りこむのじゃ。おれはまだ康頼くらい、現金な男は見た事がない。」「そ・・・ 芥川竜之介 「俊寛」
・・・「……さて、これだが、手向けるとか、供えるとか、お米坊のいう――誰かさんは――」「ええ、そうなの。」 と、小菊と坊さん花をちょっと囲って、お米は静に頷いた。「その嬰児が、串戯にも、心中の仕損いなどという。――いずれ、あの、い・・・ 泉鏡花 「縷紅新草」
・・・やると豆腐を買ってきまして、三日月様に豆腐を供える。後で聞いてみると「旦那さまのために三日月様に祈っておかぬと運が悪い」と申します。私は感謝していつでも六厘差し出します。それから七夕様がきますといつでも私のために七夕様に団子だの梨だの柿など・・・ 内村鑑三 「後世への最大遺物」
・・・まだまだ此外に今上皇帝と歴代の天子様の御名前が書いてある軸があって、それにも御初穂を供える、大祭日だというて数を増す。二十四日には清正公様へも供えるのです。御祖母様は一つでもこれを御忘れなさるということはなかったので、其他にも大黒様だの何だ・・・ 幸田露伴 「少年時代」
・・・神が、彼に供える犠牲の獣を選びに被来ったように、スバーを見に来た人を見ると、親達は心配とこわさで、クラクラする程でした。物かげでは、母が高い声を出して娘を諭し、人々の前に出す迄に、スバーの涙を一層激しくしました。来た偉い人は、長い間、彼女を・・・ 著:タゴールラビンドラナート 訳:宮本百合子 「唖娘スバー」
・・・ 祭官の祭詞を読む間も御玉串を供える時にも喪主になった私はいろいろの事を誰よりも一番先にした。恥かしい気もうじうじする気も私の心の隅にはちょんびりも生れて来なかった。 御供をし又それを静かに引いて柩は再び皆の手に抱かれて馬車にのせら・・・ 宮本百合子 「悲しめる心」
・・・私は、謙譲な 一人の侍女それ等の果物を一つ一つみのるがまま、色づくがまま捧げて 神に供える。朝 園を見まわり身体を浄め心 裸身で大理石の 祭壇に ぬかずく。或時は 常春藤の籠にもり或時は 石蝋・・・ 宮本百合子 「五月の空」
・・・ その次の日から朝、お水と塩を枕元の机に供えるのが私の役目になった。 朝になると私は目が醒め次第暗い叔父の枕元に新らしいそれ等の供物を並べた。 生きて居る叔父に食べ物を並べてあげる通りどこかでお礼を云われて居る様な彼の大きな掌が・・・ 宮本百合子 「追憶」
出典:青空文庫