・・・――渡辺の橋の供養の時、三年ぶりで偶然袈裟にめぐり遇った己は、それからおよそ半年ばかりの間、あの女と忍び合う機会を作るために、あらゆる手段を試みた。そうしてそれに成功した。いや、成功したばかりではない、その時、己は、己が夢みていた通り、袈裟・・・ 芥川竜之介 「袈裟と盛遠」
・・・世尊さえ成道される時には、牧牛の女難陀婆羅の、乳糜の供養を受けられたではないか? もしあの時空腹のまま、畢波羅樹下に坐っていられたら、第六天の魔王波旬は、三人の魔女なぞを遣すよりも、六牙象王の味噌漬けだの、天竜八部の粕漬けだの、天竺の珍味を・・・ 芥川竜之介 「俊寛」
・・・もなく、家々の灯も漏れず、流は一面、岸の柳の枝を洗ってざぶりざぶりと音する中へ、菊枝は両親に許されて、髪も結い、衣服もわざと同一扮で、お縫が附添い、身を投げたのはここからという蓬莱橋から、記念の浴衣を供養した。七日経ってちょうど橘之助が命日・・・ 泉鏡花 「葛飾砂子」
・・・三千日が間、能書の僧数百人を招請し、供養し、これを書写せしめしとなり。余もこの経を拝見せしに、その書体楷法正しく、行法また精妙にして―― と言うもの即これである。 ちょっと或案内者に申すべき事がある。君が提げて持った鞭だ。が、遠・・・ 泉鏡花 「七宝の柱」
・・・「……我常住於此 以諸神通力 令顛倒衆生 雖近而不見 衆見我滅度 広供養舎利 咸皆懐恋慕 而生渇仰心……」 白髪に尊き燈火の星、観音、そこにおはします。……駈寄って、はっと肩を抱いた。「お祖母さん、どうして今頃御経を誦むの。」・・・ 泉鏡花 「第二菎蒻本」
・・・具足円満、平等利益――南無妙……此経難持、若暫持、我即歓喜……一切天人皆応供養。――」 チーン。「ありがとう存じます。」「はいはい。」「御苦労様でございました。」「はい。」 と、袖に取った輪鉦形に肱をあげて、打傾きざ・・・ 泉鏡花 「夫人利生記」
・・・火を点じて後、窓を展きて屋外の蓮池を背にし、涼を取りつつ机に向いて、亡き母の供養のために法華経ぞ写したる。その傍に老媼ありて、頻に針を運ばせつ。時にかの蝦蟇法師は、どこを徘徊したりけむ、ふと今ここに来れるが、早くもお通の姿を見て、眼を細め舌・・・ 泉鏡花 「妖僧記」
・・・「ええ、ですから、ですから、おじさん、そのお慰めかたがた……今では時世がかわりました。供養のために、初路さんの手技を称め賛えようと、それで、「糸塚」という記念の碑を。」「…………」「もう、出来かかっているんです。図取は新聞にも出・・・ 泉鏡花 「縷紅新草」
・・・ 去年母の三年忌で、石塔を立て、父の名も朱字に彫りつけた、それも父の希望であって、どうせ立てるならばおれの生きてるうちにとのことであったが、いよいよでき上がって供養をしたときに、杖を力に腰をのばして石塔に向かった父はいかにも元気がなく影・・・ 伊藤左千夫 「紅黄録」
・・・民子のためには真に千僧の供養にまさるあなたの香花、どうぞ政夫さん、よオくお参りをして下さい……今日は民子も定めて草葉の蔭で嬉しかろう……なあ此人にせめて一度でも、目をねむらない民子に……まアせめて一度でも逢わせてやりたかった……」 三人・・・ 伊藤左千夫 「野菊の墓」
出典:青空文庫