・・・昔は東海道でも有名な宿場であったようですが、だんだん寂れて、町の古い住民だけが依怙地に伝統を誇り、寂れても派手な風習を失わず、謂わば、滅亡の民の、名誉ある懶惰に耽っている有様でありました。実に遊び人が多いのです。佐吉さんの家の裏に、時々糶市・・・ 太宰治 「老ハイデルベルヒ」
・・・困る事には、ポルジイは依怙地な奴で、それが出来ないなら云々すると、暗に種々の秘密を示して脅かす。それが総て身分不相応な事である。そこで邸では幾度となく秘密の親族会議が開かれた。弁護士や、ポルジイと金銭上の取引をしたもの共が、参考に呼び出され・・・ 著:ダビットヤーコプ・ユリウス 訳:森鴎外 「世界漫遊」
・・・もし政府が神経質で依怙地になって社会主義者を堰かなかったならば、今度の事件も無かったであろう。しかしながら不幸にして皇后陛下は沼津に御出になり、物の役に立つべき面々は皆他界の人になって、廟堂にずらり頭を駢べている連中には唯一人の帝王の師たる・・・ 徳冨蘆花 「謀叛論(草稿)」
・・・ 食事をしまって帰った時は、明方に薄曇のしていた空がすっかり晴れて、日光が色々に邪魔をする物のある秀麿の室を、物見高い心から、依怙地に覗こうとするように、窓帷のへりや書棚のふちを彩って、卓の上に幅の広い、明るい帯をなして、インク壺を光ら・・・ 森鴎外 「かのように」
・・・ お松は少し依怙地になったのと、内々はお花のいるのを力にしているのとで、表面だけは強そうに見せている。「わたし開けてよ」と云いさま、攫まえられた袖を払って、障子をさっと開けた。 廊下の硝子障子から差し込む雪明りで、微かではあるが・・・ 森鴎外 「心中」
出典:青空文庫