・・・主人も、非常に閉口したので、警察署へも依頼した、警察署の連中は、多分その家に七歳になる男の児があったが、それの行為だろうと、或時その児を紐で、母親に附着けておいたそうだけれども、悪戯は依然止まぬ。就中、恐ろしかったというのは、或晩多勢の人が・・・ 泉鏡花 「一寸怪」
・・・嫁にいこうがどうしようが、民子は依然民子で、僕が民子を思う心に寸分の変りない様に民子にも決して変りない様に思われて、その観念は殆ど大石の上に坐して居る様で毛の先ほどの危惧心もない。それであるから民子は嫁に往ったと聞いても少しも驚かなかった。・・・ 伊藤左千夫 「野菊の墓」
・・・地震の火事で丸焼けとなったが、再興して依然町内の老舗の暖簾といわれおる。 椿岳の米三郎は早くから絵事に志ざした風流人であって、算盤を弾いて身代を肥やす商売人肌ではなかった。初めから長袖を志望して、ドウいうわけだか神主になる意でいたのが兄・・・ 内田魯庵 「淡島椿岳」
・・・ 過去に於ける文学は多くは片商売であって、今日依然光輝を垂れてる大傑作は大抵米塩の為め書いたものでないのは明かであるが、此の過去の事実を永遠に文人に強いて文学の労力に対しては相当の報賞を与うるを拒み、文人自らが『我は米塩の為め書かず』と・・・ 内田魯庵 「二十五年間の文人の社会的地位の進歩」
・・・仙 卓は飛ぶ関左跡飄然 鞋花笠雪三千里 雨に沐し風に梳る数十年 縦ひ妖魔をして障碍を成さしむるも 古仏因縁を証する無かるべけん 明珠八顆都て収拾す 想ふ汝が心光地に凭て円きを 里見義成依然形勝関東を控ふ 剣豪犬士の功に非ざる・・・ 内田魯庵 「八犬伝談余」
・・・がるだろうか。 勿論、警察の手入れはある。主食と闇煙草の販売を弾圧する旨の声明は、わざわざ何月何日よりと予告を発して、これまで十数回発表されたし、抜打ちの検挙も行われる。が依然として、街頭のパンやライスカレーは姿を消さず、また、梅田新道・・・ 織田作之助 「大阪の憂鬱」
・・・しかし四十余年前に漠然と感ぜられた疑問は今日に至っても依然たる不可解の疑問である。そして少しばかり言語に関する学者の所説などを読んでみても、なかなか簡単にこの疑問の答解は得られそうもないように思われた。 英語やドイツ語とだんだんに教わる・・・ 寺田寅彦 「比較言語学における統計的研究法の可能性について」
・・・階段を降り切って最下の欄干に倚って通りを眺めた時にはついに依然たる一個の俗人となり了ってしまった。案内者は平気な顔をして厨を御覧なさいという。厨は往来よりも下にある。今余が立ちつつある所よりまた五六段の階を下らねばならぬ。これは今案内をして・・・ 夏目漱石 「カーライル博物館」
・・・ 彼は安岡が依然のままの寝息で眠りこけているのを見すますと、こんどは風のように帰ってきて、スイッチをひねらないで電球をねじって灯を消した。 そうして開けたドアから風のように出て行った。 安岡はそれを感じた。すぐに彼は静かに上半身・・・ 葉山嘉樹 「死屍を食う男」
・・・も、既に隠すとありては双方共に常に釈然たるを得ず、之を彼の骨肉の親子が無遠慮に思う所を述べて、双方の間に行違もあり誤解もありて、親に叱られ子に咎められながら、果ては唯一場の笑に附して根もなく葉もなく、依然たる親子の情を害することなきものに比・・・ 福沢諭吉 「新女大学」
出典:青空文庫