・・・力学的に考えるとやはりからだの安定を保つために必要な支柱の役をしていたに相違ない。 しかしこういうあらゆる杖に比べると、いわゆるステッキほどわけのわからない品物はないと思われる。屈強の青壮年が体重をささえるために支柱とするはずはないから・・・ 寺田寅彦 「ステッキ」
・・・刺激される人ももとよりたくさんあるだろうし、また謙遜ないしは聞きおじしてあえて近寄らない人もあるだろうし、自分の仕事に忙しくて実際暇のない人もあるだろうし、また徹底的専門主義の門戸に閉じこもって純潔を保つ人もあるだろうし、世はさまざまである・・・ 寺田寅彦 「相対性原理側面観」
・・・たぶん温度を保つためであろう、壁が二重になっていた。脱衣棚が日本の洗湯のそれと似ているのもおもしろかった。風呂にはいっては長椅子に寝そべって、うまい物を食っては空談にふけって、そしてうとうとと昼寝をむさぼっていた肉欲的な昔の人の生活を思い浮・・・ 寺田寅彦 「旅日記から(明治四十二年)」
・・・古ぼけた前世紀の八角の安時計が時を保つのに、大正できの光る置き時計の中には、年じゅう直しにやらなければならないのがある。 すべてのものがただ外見だけの間に合わせもので、ほんとうに根本の研究を経て来たものでないとすると、実際われわれは心細・・・ 寺田寅彦 「断水の日」
・・・活動写真に関係する男女の芸人に対しても今日の僕はさして嫌悪の情を催さず儼然として局外中立の態度を保つことができるようになっている。之を要するに現代の新女優、給仕女、女店員、洋風女髪結のたぐいは、いずれも同じ趣味と同じ性行とを有する同種の新婦・・・ 永井荷風 「申訳」
・・・ローマン主義の調和は時と場所に依り、その要求に応じて二者が適宜に調諧して、甲の場合には自然主義六分ローマン主義四分というように時代及び場所の要求に伴うて、両者の完全なる調和を保つ所に、新ローマン主義を認める。将来はこうなる事であろうと思う。・・・ 夏目漱石 「教育と文芸」
・・・彼は先ず夜鴉の城主の武士道に背ける罪を数えて一門の面目を保つ為めに七日の夜を期して、一挙にその城を屠れと叫んだ。その声は堂の四壁を一周して、丸く組み合せたる高い天井に突き当ると思わるる位大きい。戦は固より近づきつつあった。ウィリアムは戦の近・・・ 夏目漱石 「幻影の盾」
・・・それは国にいる時分の体面を保つ事は覚束ないが(国にいれば高等官一等から五つ下へ勘定すれば直ぐ僕の番へ巡とにかくこれよりもさっぱりした家へ這入れる。然るにあらゆる節倹ををしてかようなわびしい住居をしているのはね、一つは自分が日本におった時の自・・・ 夏目漱石 「倫敦消息」
・・・先生は規律をただすため、秩序を保つために与えられた権利を十分に使うでしょう。その代りその権利と引き離す事のできない義務も尽さなければ、教師の職を勤め終せる訳に行きますまい。 金力についても同じ事であります。私の考によると、責任を解しない・・・ 夏目漱石 「私の個人主義」
・・・それの安定を保つためには、微妙な数理によって組み建てられた、支柱の一つ一つが必要であり、それの対比と均斉とで、辛うじて支えているのであった。しかも恐ろしいことには、それがこの町の構造されてる、真の現実的な事実であった。一つの不注意な失策も、・・・ 萩原朔太郎 「猫町」
出典:青空文庫