・・・ うそもしょっちゅうついているとおしまいには自分でもそれを「信じる」ようになるというのは、よく知られた現象である。いろいろな「奇蹟」たとえば千里眼透視術などをやる人でも、影にかくれた助手の存在を忘れて、ほんとうに自分が奇蹟を行なっている・・・ 寺田寅彦 「路傍の草」
・・・某誌が軍部御用の先頭に立っていた時分、良人や息子や兄弟を戦地に送り出したあとのさびしい夜の灯の下であの雑誌を読み、せめてそこから日本軍の勝利を信じるきっかけをみつけ出そうとしていた日本の数十万の婦人たちは、なにも軍部の侵略計画に賛成していた・・・ 宮本百合子 「新しい潮」
・・・作品批評の表現をとっているけれども、これはわたしの生きて体を流れ貫いている血が信じるに足りない者であることを次々に示してゆく、かつての仲間に対して、人間として妻として抗議しずにいられなかった絶叫であった。だから、批評の対象とされた作家は度は・・・ 宮本百合子 「解説(『風知草』)」
・・・そのために結婚生活における信じることの出来ない性生活の非人間の錯誤や度はずれな少年少女の放縦がある。「男も女も、性の問題を十分に、徹底的に、真摯に、そして健全に考えるようになることを望むものである」「十分に満足するまで性的に行動することは出・・・ 宮本百合子 「傷だらけの足」
・・・の蒼白い疲れた顔を見た人は、それが世界のキュリー夫人であり、ノーベル賞の外に六つの世界的な賞を持ち、七つの賞牌を授けられ、四十の学術的称号をあらゆる国々から捧げられているキュリー夫人であるということを信じるのはおそらく困難であったろう。十余・・・ 宮本百合子 「キュリー夫人」
・・・ちに、非常に感興を覚え、この種の科学的研究は、新しく、そして科学的な社会観の上に立って芸術を創造し、そういう創造力を開発してゆくために、もっともっと多方面にわたって活溌になされてゆかなければならないと信じるようになったのである。 ・・・ 宮本百合子 「芸術が必要とする科学」
・・・犠牲の甚大であった自分たちのこれまでの生活にかけて、その未来をもたらすものは、我等若もの、と応えずにはいられまいと信じる。〔一九四六年四月〕 宮本百合子 「現実の必要」
・・・『科学者と詩人』とは訳者の調子がわざわいしてやや甘たるいところが過重せられていると信じるが面白うございます。序論を一二頁よんだだけであるけれども。この次この人の『科学と仮説』を入れましょう。こちらの訳をしたひとは平林氏ではないから文体も・・・ 宮本百合子 「獄中への手紙」
・・・ただ分っていることは、人人は神を信じるか、それとも自分の頭を信じるかという難問のうちの、一つを選ぶ能力に頼るだけである。他の文句など全く不必要なこんなときでも、まだ何とかかとか人は云い出す運動体だということ、停ったかと思うと直ちに動き出すこ・・・ 横光利一 「鵜飼」
・・・「見たままのことさ、おれは微笑を信じるだけだ。」と、こう梶は不精に答えてみたものの、何ものにか、巧みに転がされころころ翻弄されているのも同様だった。「今日お伺いしたのは、一度御馳走したいのですよ。一緒にこれから行ってくれませんか。自動車・・・ 横光利一 「微笑」
出典:青空文庫