・・・しかし法華経信者の母は妻の言葉も聞えないように、悪い熱をさますつもりか、一生懸命に口を尖らせ、ふうふう多加志の頭を吹いた。……… × × × 多加志はやっと死なずにすんだ。自分・・・ 芥川竜之介 「子供の病気」
・・・おれはどこまでも自力の信者じゃ。――おお、まだ一つ忘れていた。あの女は泣き伏したぎり、いつまでたっても動こうとせぬ。その内に土人も散じてしまう。船は青空に紛れるばかりじゃ。おれは余りのいじらしさに、慰めてやりたいと思うたから、そっと後手に抱・・・ 芥川竜之介 「俊寛」
・・・「それは薬でも駄目ですよ。信者になる気はありませんか?」「若し僕でもなれるものなら……」「何もむずかしいことはないのです。唯神を信じ、神の子の基督を信じ、基督の行った奇蹟を信じさえすれば……」「悪魔を信じることは出来ますがね・・・ 芥川竜之介 「歯車」
・・・ 且つ仕舞船を漕ぎ戻すに当っては名代の信者、法華経第十六寿量品の偈、自我得仏来というはじめから、速成就仏身とあるまでを幾度となく繰返す。連夜の川施餓鬼は、善か悪か因縁があろうと、この辺では噂をするが、十年は一昔、二昔も前から七兵衛を知っ・・・ 泉鏡花 「葛飾砂子」
・・・その女は信者でも何でもない。毎月三日月様になりますと私のところへ参って「ドウゾ旦那さまお銭を六厘」という。「何に使うか」というと、黙っている。「何でもよいから」という。やると豆腐を買ってきまして、三日月様に豆腐を供える。後で聞いてみると「旦・・・ 内村鑑三 「後世への最大遺物」
・・・其人はキリストが再び世に臨り給う時に彼と共に地を嗣ぐことを得べければ也とのことである、地も亦神の有である、是れ今日の如くに永久に神の敵に委ねらるべき者ではない、神は其子を以て人類を審判き給う時に地を不信者の手より奪還して之を己を愛する者に与・・・ 内村鑑三 「聖書の読方」
・・・それが最初少数の信者であったにしても、その熱意の存するかぎり、永久に働きかけるものです。真の芸術の強味はこゝにあります。芸術戦線の戦士は、すべからくこの信念に生きなければならぬものです。 都会に、多くの作家があり、農村に多くの作家がある・・・ 小川未明 「作家としての問題」
・・・若しこれらの信者が、本当に正義の観念に燃え、真理のために尽していたなら、今度の欧洲戦争の如きも未然に防ぐことが出来たであろう。またロシアの饑饉に対し、オーストリー・ハンガリーの饑饉に対し、若しくは戦後のドイツに対して世界人類の取るべき手段は・・・ 小川未明 「反キリスト教運動」
・・・僕は――といえば、急に問題が卑小化して恐縮だが、キリスト教はまだつかめぬが、キリスト教の信者の言葉の空しさだけはつかんだと思っている。 織田作之助 「文学的饒舌」
・・・その人がこの近所では最も熱心な信者だった。「荷札は?」信子の大きな行李を縛ってやっていた兄がそう言った。「何を立って見とるのや」兄が怒ったようにからかうと、信子は笑いながら捜しに行った。「ないわ」信子がそんなに言って帰って来た。・・・ 梶井基次郎 「城のある町にて」
出典:青空文庫