一 前島林右衛門 板倉修理は、病後の疲労が稍恢復すると同時に、はげしい神経衰弱に襲われた。―― 肩がはる。頭痛がする。日頃好んでする書見にさえ、身がはいらない。廊下を通る人の足音とか、家中の者の話声と・・・ 芥川竜之介 「忠義」
・・・洛中がその始末であるから、羅生門の修理などは、元より誰も捨てて顧る者がなかった。するとその荒れ果てたのをよい事にして、狐狸が棲む。盗人が棲む。とうとうしまいには、引取り手のない死人を、この門へ持って来て、棄てて行くと云う習慣さえ出来た。そこ・・・ 芥川竜之介 「羅生門」
・・・ 焼けた大阪劇場も内部を修理して、もう元通りの映画とレヴュが掛っていた。常盤座ももう焼けた小屋とは見えず、元の姿にかえって吉本の興行が掛っていた。 その常盤座の前まで、正月の千日前らしい雑閙に押されて来ると、またもや呼び停められた。・・・ 織田作之助 「神経」
・・・二年兵の食器洗い、練兵、被服の修理、学科、等々、あとからあとへいろ/\なことが追っかけて来るのでうんざりする。腹がへる。 軍隊特有な新しい言葉を覚えた。からさせ、──云わなくても分っているというような意。まんさす、──二年兵・・・ 黒島伝治 「入営前後」
・・・それが全警備区に配分されて、配給や救護や、道路、橋の修理などにも全力を上げてはたらいたのです。軍用鳩も方々へお使いをしました。 同時に海軍では聯合艦隊以下、多くの艦船を派出して、関西地方からどんどん食料や衛生材料なぞを運び、ひなん者の輸・・・ 鈴木三重吉 「大震火災記」
・・・なっているうちに、日本の無条件降伏という事になり、私は夫のいる東京が恋いしくて、二人の子供を連れ、ほとんど乞食の姿でまたもや東京に舞い戻り、他に移り住む家も無いので、半壊の家を大工にたのんで大ざっぱな修理をしてもらって、どうやらまた以前のよ・・・ 太宰治 「おさん」
・・・一刻も早く修理したくて、まだ空襲警報が解除されていないのに、油紙を切って、こわれた跡に張りつけましたが、汚い裏側のほうを外に向け、きれいなほうを内に向けて張ったので、妻は顔をしかめて、あたしがあとで致しますのに、あべこべですよ、それは、と言・・・ 太宰治 「春」
・・・その時かかったドイツの医者は、細工はなんとなく不器用であったが、しかしその修理法がいかにも合理的で、一時の間に合わせでなくて長持ちのするような徹底的のものであるのに感心した。その歯医者が、治療した歯の隣の歯を軽くつついてそれがゆらゆら動くの・・・ 寺田寅彦 「自由画稿」
・・・それでやむを得ず私は道具箱の中から銅線の切れはしを捜し出して、ともかくも応急の修理を自分でやって、その夜はどうにか間に合わせた。その時に調べてみるとボタンを押した時に電路を閉じるべき銅板のばねの片方の翼が根元から折れてしまっていたのである。・・・ 寺田寅彦 「断水の日」
・・・ 彼の宅の呼び鈴の配線に故障があって、その修理を近所の電気屋に頼んであったのがなかなか来てくれなかった。あとで聞いてみると、早慶戦のためにラジオの修繕が忙しくて、それで来られなかったと言うのである。 野球戦の入場券一枚を手に入れるた・・・ 寺田寅彦 「野球時代」
出典:青空文庫