上 大庭真蔵という会社員は東京郊外に住んで京橋区辺の事務所に通っていたが、電車の停留所まで半里以上もあるのを、毎朝欠かさずテクテク歩いて運動にはちょうど可いと言っていた。温厚しい性質だから会社でも受が・・・ 国木田独歩 「竹の木戸」
・・・バスの停留所まで、姉と妹は送って出た。その途々、妹は駄々をこねていた。一緒にバスに乗って船津までお見送りしたいというのである。姉は一言のもとに、はねつけた。「私は、いや。」律子には、いろいろ宿の用事もあった。のんきに遊んで居られない。そ・・・ 太宰治 「律子と貞子」
・・・ なんと言ってもあまり混雑のはげしい時刻には、来る電車も来る電車も、普通の意味の満員は通り越した特別の超越的満員であるが、それでも停留所に立って、ものの十分か十五分も観察していると、相次いで来る車の満員の程度におのずからな一定の律動のあ・・・ 寺田寅彦 「電車の混雑について」
・・・処々の交番なり電車停留所に掲示するもいいだろうし、処々に信号の旗を立てるもいいだろう。 不幸の広告なども一週間とは待てない種類のものだと考えられるかもしれない。しかし私の考えでは、不幸の知らせは元来書状でほんとうの意味の知友にのみ出すべ・・・ 寺田寅彦 「一つの思考実験」
・・・ で、わたしは気忙しい思いで、朝早く停留所へ行った。 その日も桂三郎は大阪の方へ出勤するはずであったが、私は彼をも誘った。「二人いっしょでなくちゃ困るぜ。桂さんもぜひおいで」私は言った。「じゃ私も行きます」桂三郎も素直に応じ・・・ 徳田秋声 「蒼白い月」
・・・ 私の乗っているバスの俄車掌は、停留所が近くなると、長い体を折って一々前方をすかして見ては、「次は××町でございます。お降りの方はございませんか」と呼んだ。そして、降りる者があると、その一人一人の後から、「ありがとうございま・・・ 宮本百合子 「電車の見えない電車通り」
・・・六本木の停留所の灯が二人の前へさして来て、その下に塊っている二三の人影の中へ二人は立つと、電車が間もなく坂を昇って来た。 秋風がたって九月ちかくなったころ、高田が梶の所へ来た。栖方の学位論文通過の祝賀会を明日催したいから、梶に是非出・・・ 横光利一 「微笑」
出典:青空文庫