・・・死骸はもう棺のなかへ収まって、花も備えてあれば、盛物もしてある。ちゃんと番人までつけて、線香を絶やさないようにしてある。 そこで上官の方にもお目にかかって、忰の死んだ始末も会得の行くように詳しくお話し下すったんですよ。その時お目にかかっ・・・ 徳田秋声 「躯」
・・・ことにそれ自身に活動力を具えて生存するものには変化消長がどこまでもつけ纏っている。今日の四角は明日の三角にならないとも限らないし、明日の三角がまたいつ円く崩れ出さないとも云えない。要するに幾何学のように定義があってその定義から物を拵え出した・・・ 夏目漱石 「現代日本の開化」
・・・二十六年も娑婆の気を吸ったものは病気に罹らんでも充分死ぬ資格を具えている。こうやって極楽水を四月三日の夜の十一時に上りつつあるのは、ことによると死にに上ってるのかも知れない。――何だか上りたくない。しばらく坂の中途で立って見る。しかし立って・・・ 夏目漱石 「琴のそら音」
・・・ただ翻身一回、此智、此徳を捨てた所に、新な智を得、新な徳を具え、新な生命に入ることができるのである。これが宗教の真髄である。宗教の事は世のいわゆる学問知識と何ら交渉もない。コペルニカスの地動説が真理であろうが、トレミーの天動説が真理であろう・・・ 西田幾多郎 「愚禿親鸞」
・・・されば位階勲章は、官吏が政府の職を勤むるの労に酬いるに非ずして、ただ普通なる日本人の資格をもって、政府の官職をも勤むるほどの才徳を備え、日本国人の中にて抜群の人物なりとて、その人物を表するの意ならん。官吏の内にても、一等官の如きはもっとも易・・・ 福沢諭吉 「学問の独立」
・・・いながら知るべき名所を問わず、己が生れしその国を天地世界と心得るは、足を備えて歩行せざるが如し。ゆえに地理書を学ばざる者は、跛者に異ならず。第四、数学 指を屈して物の数を計るをはじめとし、天文・測量・地理・航海・器械製造・商・・・ 福沢諭吉 「学校の説」
・・・それは甘味があってしかも生で食う所がくだものの資格を具えておる。○くだものと気候 気候によりてくだものの種類または発達を異にするのはいうまでもない。日本の本州ばかりでいっても、南方の熱い処には蜜柑やザボンがよく出来て、北方の寒い国では林・・・ 正岡子規 「くだもの」
・・・ 仏教の精神によるならば慈悲である、如来の慈悲である完全なる智慧を具えたる愛である、仏教の出発点は一切の生物がこのように苦しくこのようにかなしい我等とこれら一切の生物と諸共にこの苦の状態を離れたいと斯う云うのである。その生物とは何である・・・ 宮沢賢治 「ビジテリアン大祭」
・・・して、この現象は、本年のはじめ頃から日本の文学者の一部の間に特殊な傾向をもって強調されていた作家の社会性の拡大への要求、大人の文学への要求、国民の文学と称せられるものへの要求と根をつらねた文学的性格を具えている点においても、文学上相当の意味・・・ 宮本百合子 「明日の言葉」
・・・ゆうべは小屋に備えてある衾があまりきたないので、厨子王が薦を探して来て、舟で苫をかずいたように、二人でかずいて寝たのである。 きのう奴頭に教えられたように、厨子王はかれいけを持って厨へ餉を受け取りに往った。屋根の上、地にちらばった藁の上・・・ 森鴎外 「山椒大夫」
出典:青空文庫