・・・が、その後四五日すると、甚太夫は突然真夜中から、烈しい吐瀉を催し出した。喜三郎は心配の余り、すぐにも医者を迎えたかったが、病人は大事の洩れるのを惧れて、どうしてもそれを許さなかった。 甚太夫は枕に沈んだまま、買い薬を命に日を送った。しか・・・ 芥川竜之介 「或敵打の話」
・・・ホップ夫人は該ステュディオにはいるや、すでに心霊的空気を感じ、全身に痙攣を催しつつ、嘔吐すること数回に及べり。夫人の語るところによれば、こは詩人トック君の強烈なる煙草を愛したる結果、その心霊的空気もまたニコティンを含有するためなりという。・・・ 芥川竜之介 「河童」
・・・ 突然、父は心の底から本当の怒りを催したらしかった。「お前は親に対してそんな口をきいていいと思っとるのか」「どこが悪いのです」「お前のような薄ぼんやりにはわかるまいさ」 二人の言葉はぎこちなく途切れてしまった。彼は堅い決・・・ 有島武郎 「親子」
・・・という白粉を製し、これが大当りに当った、祝と披露を、枕橋の八百松で催した事がある。 裾を曳いて帳場に起居の女房の、婀娜にたおやかなのがそっくりで、半四郎茶屋と呼ばれた引手茶屋の、大尽は常客だったが、芸妓は小浜屋の姉妹が一の贔屓だったから・・・ 泉鏡花 「開扉一妖帖」
・・・むかしものの物好で、稽古を積んだ巧者が居て、その人たち、言わば素人の催しであろうも知れない。狸穴近所には相応しい。が、私のいうのは流儀の事ではない。曲である。 この、茸―― 慌しいまでに、一樹が狂言を見ようとしたのも、他のどの番組で・・・ 泉鏡花 「木の子説法」
・・・予は深く憐れを催した。家には妻も子もあって生活に苦しんで居るものであることが、ありありと顔に見える。予も又胸に一種の淋しみを包みつつある此際、転た旅情の心細さを彼が為に増すを覚えた。 予も無言、車屋も無言。田か畑か判らぬところ五六丁を過・・・ 伊藤左千夫 「浜菊」
・・・晩年一部の好書家が斎展覧会を催したらドウだろうと鴎外に提議したところが、鴎外は大賛成で、博物館の一部を貸してもイイという咄があった。鴎外の賛成を得て話は着々進行しそうであったが、好書家ナンテものは蒐集には極めて熱心であっても、展覧会ナゾは気・・・ 内田魯庵 「鴎外博士の追憶」
・・・ 春の日の雨催しのする暖かな晩方でありました。少年は、疲れた足を引きずりながら、ある古びた町の中にはいってきました。 その町には、昔からの染物屋があり、また呉服屋や、金物屋などがありました。日は、西に入りかかっていました。少年は、あ・・・ 小川未明 「海のかなた」
・・・のことがなかったのは、たんに機会の問題だったと今さら口惜しがっている新ちゃんの肚の中などわからぬお君は、そんな詰問は腑に落ちかねたが、さすがに日焼けした顔に泛んでいるしょんぼりした表情を見ては、哀れを催したのか、天婦羅丼を註文した。こんなも・・・ 織田作之助 「雨」
・・・当然街は彼を歓迎せず、豚も彼を見ては嘔吐を催したであろう。佐伯自身も街にいる自分がいやになる。そのくせ彼は舗道の両側の店の戸が閉まり、ゴミ箱が出され、バタ屋が懐中電燈を持って歩きまわる時刻までずるずると街にいて彷徨をつづけ、そしてぐったりと・・・ 織田作之助 「道」
出典:青空文庫