・・・ 治修はやや苦にがしげに、不相変ちょっと口を噤んだ三右衛門の話を催促した。「二人はまたもとのように、竹刀の先をすり合せました。一番長い気合のかけ合いはこの時だったかと覚えて居りまする。しかし数馬は相手の竹刀へ竹刀を触れたと思うが早い・・・ 芥川竜之介 「三右衛門の罪」
・・・しかし御主人は無頓着に、芭蕉の葉の扇を御手にしたまま、もう一度御催促なさいました。「どうじゃ、女房は相不変小言ばかり云っているか?」 わたしはやむを得ず俯向いたなり、御留守の間に出来した、いろいろの大変を御話しました。御主人が御捕わ・・・ 芥川竜之介 「俊寛」
・・・悪くすると、同伴に催促されるまで酔潰れかねないのが、うろ抜けになって出たのである。どうかしてるぜ、憑ものがしたようだ、怪我をしはしないか、と深切なのは、うしろを通して立ったまま見送ったそうである。 が、開き直って、今晩は、環海ビルジング・・・ 泉鏡花 「開扉一妖帖」
・・・ いや、何んにつけても、早く、とまた屹と居直ると、女房の返事に、苦い顔して、横睨みをした平吉が、「だが、何だぜ、これえ、何それ、何、あの貸したきりになってるはずだぜ。催促はするがね……それ、な、これえ。まだ、あのまま返って来ないよ、・・・ 泉鏡花 「国貞えがく」
・・・ 和尚はまじりと見ていたが、果しがないから、大な耳を引傾げざまに、ト掌を当てて、燈明の前へ、その黒子を明らさまに出した体は、耳が遠いからという仕方に似たが、この際、判然分るように物を言え、と催促をしたのである。「ええ。」 とまた・・・ 泉鏡花 「菎蒻本」
・・・『はい、今晩は』ッて、澄ましてお客さんの座敷へはいって来て、踊りがすむと、『姉さん、御祝儀は』ッて催促するの。小癪な子よ。芝居は好きだから、あたいよく仕込んでやる、わ」 吉弥はすぐ乗り気になって、いよいよそうと定まれば、知り合いの待合や・・・ 岩野泡鳴 「耽溺」
・・・そのうちに、皇子のほうからは、たびたび催促があって、そのうえに、たくさんの金銀・宝石の類を車に積んで、お姫さまに贈られました。また、お姫さまは、二ひきの黒い、みごとな黒馬を皇子に貢ぎ物とせられたのです。 いよいよ、赤い姫君と黒い皇子とが・・・ 小川未明 「赤い姫と黒い皇子」
・・・聴く所によると、彼はシナリオ料や脚本料など相当な高額を要求し、払いがおくれると矢のような催促をするそうである。おまけにそんな仕事の使いに来る人にも平気でおごらせたりしているらしい。だから、人々は辻は汚ない、けちけちと溜めている、もう十万円も・・・ 織田作之助 「鬼」
・・・締切を過ぎて、何度も東京の雑誌社から電報の催促を受けている原稿だったが、今日の午後三時までに近所の郵便局へ持って行けば、間に合うかも知れなかった。「三時、三時……」 三時になれば眠れるぞと、子供をあやすように自分に言いきかせて、――・・・ 織田作之助 「郷愁」
・・・原稿の催促の電報が来たのだろうか。が、近頃の郵便局は深夜配達をしてくれる程親切ではない。してみれば押込強盗かも知れない。この界隈はまだ追剥や強盗の噂も聴かないが、年の暮と共に到頭やって来たのだろうか。そう思いながら、足袋のコハゼを外したまま・・・ 織田作之助 「世相」
出典:青空文庫