・・・聞説す、かのガリヴァアの著者は未だ論理学には熟せざるも、議論は難からずと傲語せしと。思うにスヰフトも親友中には、必恒藤恭の如き、辛辣なる論客を有せしなるべし。 恒藤は又謹厳の士なり。酒色を好まず、出たらめを云わず、身を処するに清白なる事・・・ 芥川竜之介 「恒藤恭氏」
・・・とも限られない。「俺の画は死ねば値が出る」と傲語した椿岳は苔下に会心の微笑を湛えつつ、「そウら見さっしゃい、印象派の表現派のとゴテ付いてるが、ゴークやセザンヌは疾っくに俺がやってる哩」とでも脂下ってるだろう。・・・ 内田魯庵 「淡島椿岳」
・・・として、伯爵後藤の馬車を駆りて先輩知友に暇乞いしに廻ったが、尾行の警吏が俥を飛ばして追尾し来るを尻目に掛けつつ「我は既に大臣となれり」と傲語したのは最も痛快なる幕切れとして当時の青年に歓呼された。尾崎はその時学堂を愕堂と改め、三日目に帝都を・・・ 内田魯庵 「四十年前」
・・・私は時に傲語する、おれは人が十行で書けるところを一行で書ける術を知っている――と。しかし、こんな自信は何とけちくさい自信だろう。私は、人が十行で書けるところを、千行に書く術を知っている――と言える時が来るのを待っているのだ。十行を一行で書く・・・ 織田作之助 「私の文学」
・・・取るに足らぬ女性の嫉妬から、些かの掠り傷を受けても、彼は怨みの刃を受けたように得意になり、たかだか二万法の借金にも、彼は、(百万法の負債に苛責まれる天才の運命は悲惨なる哉などと傲語してみる。彼は偉大なのらくら者、悒鬱な野心家、華美な薄倖児で・・・ 太宰治 「虚構の春」
出典:青空文庫