・・・五十円の債券を二三枚買って「これでも不動産が殖えたのだからね」などと得意になっていた母親のことも。…… 次の日の朝、妙に元気のない顔をしたたね子はこう夫に話しかけた。夫はやはり鏡の前にタイを結んでいるところだった。「あなた、けさの新・・・ 芥川竜之介 「たね子の憂鬱」
・・・勧業債券は一枚買って千円も二千円もになる事はあっても、掘出しなんということは先以てなかるべきことだ。悪性の料簡だ、劣等の心得だ、そして暗愚の意図というものだ。しかるに骨董いじりをすると、骨董には必ずどれほどかの価があり金銭観念が伴うので、知・・・ 幸田露伴 「骨董」
・・・私が二度も罹災して、とうとう津軽の兄の家へ逃げ込んで居候という身分になったのであるが、簡易保険だの債券売却だのの用事でちょいちょい郵便局に出向き、また、ほどなく私は、仙台の新聞に「パンドラの匣」という題の失恋小説を連載する事になって、その原・・・ 太宰治 「親という二字」
・・・われは隣組常会に於いて決議せられたる事項にそむきし事ただの一度も無之、月々に割り当てられたる債券は率先して購入仕り、また八幡宮に於ける毎月八日の武運長久の祈願には汝等と共に必ず参加申上候わずや、何を以てか我を注意人物となす、名誉毀損なり、そ・・・ 太宰治 「花吹雪」
・・・出来るだけどっさり買わせられる債券の消化に心を砕いていたのであった。こうして見れば若い婦人――生産面へ直接吸収された婦人達がさまざまの想いをしながら生きていた間に、年とった家の女性たちもやはり涙を抑え、歎息を笑顔にかえて生きぬいていたのであ・・・ 宮本百合子 「私たちの建設」
出典:青空文庫