・・・ふき子の内身からは一種無碍な光輝が溢れ出て、何をしている瞬間でもその刹那刹那が若い生命の充実で無意識に過ぎて行く。丁度無心に咲いている花の、花自身は知らぬ深い美に似たものが、ふき子の身辺にあった。陽子は、自分の生活の苦しさなどについて一言も・・・ 宮本百合子 「明るい海浜」
・・・ 一、そうだとすれば、あらゆる方々が御自分の一日の計をもって充実した気分を保とうと希んでいらっしゃるとき、わきから思ってもいなかった話を注ぎこまれるというのは愉快なことでしょうか。むしろ、落ついて心持のよい音楽でもきいて活動の準備をした・・・ 宮本百合子 「朝の話」
・・・そして、自分たちのただ一度しかない人生を、自分として納得出来るしかたで充実させて行かなければならないと思います。 智慧のよろこびも、肉体の歓喜も奪われた日々の裡で、若さゆえに、一筋の情熱を守って自身の成長を念願してきた女性の心情こそ、明・・・ 宮本百合子 「明日を創る」
・・・自分がほんとうに新しい社会をつくるために、自分たちの女であるという喜びと誇りと充実した人生を希望するなら、そういう人間の希望を理解する男の人に協力して生きることがうれしいことであると思う。働いて生きてゆかなければならないということを理解する・・・ 宮本百合子 「明日をつくる力」
・・・よりひろやかで、充実した人間性を求めるということのために、権力は自由を奪い、人間檻のなかにうちこんで、時間に関する観念や自分のいる位置についての観念を全く失わさせ、番号でよんで、法律でさばくという状態は、野蛮であり、資本主義の権力の非理性さ・・・ 宮本百合子 「あとがき(『二つの庭』)」
・・・どこからどこまで充実した話か依然疑問は残りながらも、一言ごとに栖方の云い方は、空虚なものを充填しつつ淡淡とすすんでいる。梶は自分が驚いているのかどうか、も早やそれも分らなかった。しかし、どうしてこんな場合に、不意に悪人のことを自分は考えたの・・・ 横光利一 「微笑」
・・・製作態度の質実はやがて表現の簡素と充実とをもたらすだろう。 私は芸術的良心が生活態度の誠実でない人の心に栄えるとは思わない。四 フランスやイタリアの作家には饒舌が眼につく。私はダヌンチオやブウルジェエの冗漫に堪え切れない・・・ 和辻哲郎 「生きること作ること」
・・・生の充実、完全、強烈、――従って人格価値の優秀……生の意義が実現せられ、人類の生活がそのあるべき方に、その目標の方に導かれて行く所の、白熱せる本然生活がなくてはならぬ。ここに何ものを犠牲にしても自己を表現しないではいられない切迫した内的必然・・・ 和辻哲郎 「創作の心理について」
・・・そうして充実した気持ちで生を感受し生を築かなくてはならない。生きている内に immortal な生をつかむために、そうしてできるならば「死」を凱旋であらしめるために。 ――私の心は何ゆえともなく奮い立った。運命の前に静かに頭を下げ得るた・・・ 和辻哲郎 「停車場で感じたこと」
・・・ 人はこれを充実せる元気の発露と言う。吾人は最も下劣なる肉的執着の表現と呼ぶをはばからぬ。さらにまたかの卑猥なる言語を弄して横行する一群を見る時、吾人は一高校風の前途を危ぶまざるを得ない。校風の暗黒面にみなぎる悪思潮は門鑑制度、上草履制度の・・・ 和辻哲郎 「霊的本能主義」
出典:青空文庫