・・・そして、並んで歩いてる人から望遠鏡を借りて前の方を見たんだがね、二十里も前の方にニコライの屋根の尖端が三つばかり見えたよ』『アッハハハ』『行っても、行っても、青い壁だ。行っても、行っても、青い壁だ。何処まで行っても青い壁だ。君、何処・・・ 石川啄木 「火星の芝居」
・・・町はずれを、蒼空へ突出た、青い薬研の底かと見るのに、きらきらと眩い水銀を湛えたのは湖の尖端である。 あのあたり、あの空…… と思うのに――雲はなくて、蓮田、水田、畠を掛けて、むくむくと列を造る、あの雲の峰は、海から湧いて地平線上を押・・・ 泉鏡花 「瓜の涙」
・・・古典な能の狂言も、社会に、尖端の簇を飛ばすらしい。けれども、五十歩にたりぬ向うの辻の柳も射ない。のみならず、矢竹の墨が、ほたほたと太く、蓑の毛を羽にはいだような形を見ると、古俳諧にいわゆる――狸を威す篠張の弓である。 これもまた……面白・・・ 泉鏡花 「木の子説法」
・・・と見ると、怪し火は、何と、ツツツと尾を曳きつつ、先へ斜に飛んで、その大屋根の高い棟なる避雷針の尖端に、ぱっと留って、ちらちらと青く輝きます。 ウオオオオオ 鉄づくりの門の柱の、やがて平地と同じに埋まった真中を、犬は山を乗るように入り・・・ 泉鏡花 「雪霊続記」
・・・ 片手で袖を握んだ時、布子の裾のこわばった尖端がくるりと刎ねて、媼の尻が片隅へ暗くかくれた。竈の火は、炎を潜めて、一時に皆消えた。 同時に、雨がまた迫るように、窓の黒さが風に動いて、装り上ったように見透かさるる市街に、暮早き電燈の影・・・ 泉鏡花 「古狢」
・・・痛みが頭の先端から始まって、ずっと耳の上まで伝ってきた――皆は、まだ笑っている。急に、泣きたいと思わぬのに涙が出て来た。彼は、涙を他人に見られまいとして、俯向いて早足にそこを去った。そして、醤油を煮ている釜の傍の大きな煉瓦の煙突の下に来た。・・・ 黒島伝治 「まかないの棒」
・・・そのかわり、バナナを一日に二十本ずつ、妻楊枝、日に三十本は確実、尖端をしゅろの葉のごとくちぢに噛みくだいて、所かまわず吐きちらしてあるいて居られる由、また、さしたる用事もなきに、床より抜け出て、うろついてあるいて、電燈の笠に頭をぶっつけ、三・・・ 太宰治 「虚構の春」
・・・その尖端に、白い燈台が立っている。もはや、河口である。これから、すぐ日本海に出るのだ。ゆらりと一揺れ大きく船がよろめいた。海に出たのである。エンジンの音が、ここぞと強く馬力をかけた。本気になったのである。速力は、十五節。寒い。私は新潟の港を・・・ 太宰治 「佐渡」
・・・っともっとだまされたい、もっともっと苦しみたい、世界中の弱き女性の、私は苦悩の選手です、などすこし異様のことさえ口走り、それでも母の如きお慈悲の笑顔わすれず、きゅっと抓んだしんこ細工のような小さい鼻の尖端、涙からまって唐辛子のように真赤に燃・・・ 太宰治 「創生記」
・・・水面を掠めてとぶ時に、あの長い尾の尖端が水面を撫でて波紋を立てて行く。それが一種の水平舵のような役目をするように見える。それにしてもこの鳥が地上に下りている時に絶えず尾を振動させるのはどういう意味だか分からない。ああやっている方が、急に飛出・・・ 寺田寅彦 「浅間山麓より」
出典:青空文庫