・・・同時に又自由意志を信ずれば責任の観念を生ずる為に、良心の麻痺を免れるから、我我自身に対する我我の態度は厳粛になるのに相違ない。ではいずれに従おうとするのか? わたしは恬然と答えたい。半ばは自由意志を信じ、半ばは宿命を信ずべきである。或は・・・ 芥川竜之介 「侏儒の言葉」
・・・だから、私の発展させていくべき仕事の緒口をここに定めておくつもりであり、また私たち兄弟の中に、不幸に遭遇して身動きのできなくなったものができたら、この農場にころがり込むことによって、とにかく餓死だけは免れることができようとの、親の慈悲心から・・・ 有島武郎 「小作人への告別」
・・・というスタンダールの生き方にあこがれながら、青春を喪失した私は、「われわれは軽佻か倦怠かのどちらか一方に陥ることなくして、その一方を免れることは出来ない」 というジンメルの言葉に、ついぞ覚えぬ強い共感を抱きながら、軽佻な表情のまま倦怠し・・・ 織田作之助 「中毒」
・・・女に欺されてはならぬとばかり教えられた私がいつか罪もない女を欺すこととなり、女難を免れるつもりで女を捨てた時はもう大女難にかかっていたので、その時の私にはそれがわからなかったのでございます。 叔母の家から持ち出した金はわずか十円でござい・・・ 国木田独歩 「女難」
・・・どうしても免れることができぬのかと思った。と、いても立ってもいられなくなって、体がしびれて脚がすくんだ――おいおい泣きながら歩く。 野は平和である。赤い大きい日は地平線上に落ちんとして、空は半ば金色半ば暗碧色になっている。金色の鳥の翼の・・・ 田山花袋 「一兵卒」
・・・それをしかりつけるだけの勇気のない私は、結局そのうるささを免れる唯一の方法として彼の意に従うほかはなかった。その結果は予想のとおりはなはだ悪かった。始め定めた案内料のほかに、いろいろの口実で少しずつ金を取り上げられて、そして案内者を雇っただ・・・ 寺田寅彦 「案内者」
・・・すなわち、数尺の鉛板あるいは百尺の水層を貫徹して後にも、なお機械に感じるのであるから、ビルディングの中の金庫の中にだいじにしまってある品物でもこの天外から飛来する弾丸の射撃を免れることはできないわけである。従ってわれわれのだいじな五体も不断・・・ 寺田寅彦 「蒸発皿」
・・・それはとにかく、現代に活動している人でもこの一段の内容を適当に玩味することが出来れば名利の誘惑に逢って身を亡ぼすような災難を免れるだけの護符を授かるであろうと思われる。第百三十段もこれに聯関している。 名利観に限らず、この著者は色々な点・・・ 寺田寅彦 「徒然草の鑑賞」
・・・さらに私にとって重大なのは下車後の身心の疲労をこうして免れる事である。 目的地に一分ないし二分早く到着する事がそれほど重大であるような場合は、少なくも私のようなものにはほとんど皆無であると言ってもいいのである。私のようなものでなくても、・・・ 寺田寅彦 「電車の混雑について」
・・・ この場合象が気違い扱いを免れる方法はただ一つしかなかった。すなわち多数者たる人間と妥協する事であった。不幸にしてこの象はそれをあえてするにはあまりに正直で善良であったのである。その結果はあのとおりである。 これはただ一つの有りうべ・・・ 寺田寅彦 「解かれた象」
出典:青空文庫