・・・いずれは御両人とも年をとると、佐佐木君は頤に髯をはやし、小島君は総入れ歯をし、「どうも当節の青年は」などと話し合うことだろうと思います。そんな事を考えると、不愉快に日を暮らしながらも、ちょっと明るい心もちになります。・・・ 芥川竜之介 「剛才人と柔才人と」
・・・ 九 歯 父は四十余歳ですでに総入れ歯をしたそうである。総入れ歯の準備として、生き残った若干の歯を一度に抜いてしまったそのあとで顔じゅうふくれ上がって幾日も呻吟をつづけたのだそうである。歯科医術のまだ幼稚な明治十・・・ 寺田寅彦 「自由画稿」
・・・祖母は想像して来たより遙に衰えていた。入れ歯をとっているせいもあったろう。口元など、別人のように痛々しく皺みくぼんでいる。息が抜けるので一層弱い声で、祖母は、「なしてこげえな病気になったろう。……早く死にたいごんだなあ」と訴えた。彼・・・ 宮本百合子 「祖母のために」
出典:青空文庫