・・・ * 小石川は東京全市の発達と共に数年ならずしてすっかり見違えるようになってしまうであろう。 始めて六尺横町の貸本屋から昔のままなる木版刷の『八犬伝』を借りて読んだ当時、子供心の私には何ともいえない神秘の趣・・・ 永井荷風 「伝通院」
・・・劃時代的な二つの階級間の闘争が、全市から全日本の相互の階級を総動員して相対峙していたのだ。それは国際階級戦の一つの見本であった。「連れて行ってくれる! ね、父ちゃん。坊やを連れて行って呉れるの。公園に行こうね。お猿さんを見に行こうね。ね・・・ 葉山嘉樹 「生爪を剥ぐ」
・・・ 閲兵式につづいてデモはモスクワ全市のあらゆる街筋から、この赤い広場に流れこむ。 日が暮れて、すべてのデモが解散した後も、ここはまだ一杯の人出である。レーニン廟の板がこいの壁画をめぐって、イルミネーションがともされた。 有名な昔・・・ 宮本百合子 「インターナショナルとともに」
・・・ 警視庁で全市の警察から情報をあつめているのだ。 丁度上野でデモが解散という刻限、朝から晴れていた空が驟雨模様になって来た。「こりゃふるね」「同じふるなら、早くたのみますね」 かわりがわり本気で窓から空模様をうかがってい・・・ 宮本百合子 「刻々」
・・・ 当日は全市電車がない。乗合自動車もない。赤旗と祝祭の飾りものの間に十数万の勤労者の跫音がとどろいた。インターナショナルの高い奏楽と、空から祝いをふりまきつつ分列する飛行機のうなりがモスクワ市をみたした。 夜一時近く赤い広場は煌々た・・・ 宮本百合子 「子供・子供・子供のモスクワ」
厳寒で、全市は真白だ。屋根。屋根。その上のアンテナ。すべて凍って白い。大気は、かっちり燦いて市街をとりかこんだ。モスクワ第一大学の建物は黄色だ。 我々は、古本屋の半地下室から出た。『戦争と平和』の絵入本二冊十五ルーブリ・・・ 宮本百合子 「シナーニ書店のベンチ」
・・・婦人労働者たちは、デモに着て出る服の手入れでもして、四月三十日になると、モスクワ全市の食糧品販売店では、火酒、ブドー酒、ビール、すべてアルコールの入った飲物を一斉に――売り出すのか? そうじゃない、反対だ。絶対にアルコール飲料は売らなくなる・・・ 宮本百合子 「勝利したプロレタリアのメーデー」
・・・ モスクワのメーデーは、あの賑やかさと、全市に翻る赤旗の有様だけでもほんとに見せたいようだが、次の日の五月二日は休みだ。疲れやすみだね。町々には、まだ昨日の装いものがある。労働者市民は、胸に赤い花飾りなんかつけて、三人四人ずつ散歩してい・・・ 宮本百合子 「ソヴェトの芝居」
・・・ モスクワ全市の労働者クラブで、夜あけ頃まで反宗教の茶番や音楽やダンスがあった。 五ヵ年計画がソヴェト同盟に実行されはじめて、教会と坊主は、プロレタリアートと農民の社会主義社会建設の実践からすっかりボイコットされてしまった。・・・ 宮本百合子 「モスクワの姿」
・・・天然痘、発疹チブスの危険も全市にひろがろうとしている。 これらすべての危期が、愛する日本を覆い、私たちの時々刻々を脅かしているのである。 四月十日の総選挙をめざして、各政党が、どう党費をまかなっているか、「国民的監視が必要」と云われ・・・ 宮本百合子 「私たちの建設」
出典:青空文庫