・・・昨年正月から二月を過ぎ三、四月頃まで、この裸体と裸体に近い女たちの舞踊は全盛を極めた。入場料はその時分から六拾円であるが、日曜日でない平日でも看客は札売場の前に長い列をなし一時間近くたって入替りになるのを我慢よく待っていたものだ。しかし四、・・・ 永井荷風 「裸体談義」
・・・しかしその時には自分を始め誰一人霊廟を訪おうというものはなく、桜餅に渋茶を啜りながらの会話は如何にすれば、紅葉派全盛の文壇に対抗することが出来るだろうか。最少し具体的にいえばどうしたら『新小説』と『文芸倶楽部』の編輯者がわれわれの原稿を買う・・・ 永井荷風 「霊廟」
・・・自分が死ぬる時は星の全盛時代であったが今は誰の時代かしらッ。オー寒い寒い何だかいやに寒くなってきた。どこやらから娑婆の寒い風を吹きつけて来る。先日の雨に此処の地盤が崩れたと見えて、こおろぎの声が近く聞えるのだが誰も修理に来る者なぞはありゃし・・・ 正岡子規 「墓」
・・・ 久内が、父の山下などと茶の湯をやる、茶の湯の作法を、横光は丹念に書いて「戦乱の巷に全盛を極めて法を確立させた利休の心を体得することに近づきたいと思っている」久内の安心立命、模索の態度を認め、更に「わが国の文物の発展が何といっても茶法に・・・ 宮本百合子 「一九三四年度におけるブルジョア文学の動向」
・・・ 紅葉が活動した時代、日本には既に憲法があり、国会が開かれており、官員さんの全盛時代、成り上りの者の栄華が目立った時期である。文学者の世界は当時の権柄なる者にとってもはや自身の啓蒙のためにも、支配のためにも必要がなくなっており、人間並に・・・ 宮本百合子 「文学における今日の日本的なるもの」
・・・ 埃及模様なセセッション全盛のこの頃、そんな人も全盛かと思うとそうでもないから妙なものだ。 妙なもんで兵児帯のはばをうんとひろくまきつけて居る人は田舎もんの相場師か金貨の様に見えてしかたがない、とはどう云うわけだか自分にも分らな・・・ 宮本百合子 「芽生」
・・・何しろ明治二十九年三十年代は日清戦争で、日本の経済事情が大きな変化をうけた時であり、一時いわゆる官員様といわれて、官僚全盛時代であったものが、新しく擡頭した金持、実業家がだんだん世間の注目の的となり、小説でも「金色夜叉」などがひろく読まれた・・・ 宮本百合子 「わが母をおもう」
・・・石垣に沿うて、露に濡れた、老緑の広葉を茂らせている八角全盛が、所々に白い茎を、枝のある燭台のように抽き出して、白い花を咲かせている上に、薄曇の空から日光が少し漏れて、雀が二三羽鳴きながら飛び交わしている。 秀麿は暫く眺めていて、両手を力・・・ 森鴎外 「かのように」
出典:青空文庫