・・・人喰い川を、真白い全裸の少年が泳いでいる。いや、押し流されている。頭を水面に、すっと高く出し、にこにこ笑いながら、わあ寒い、寒いなあ、と言い私のほうを振り向き振り向き、みるみる下流に押し流されて行った。私は、わけもわからず走り出した。大事件・・・ 太宰治 「乞食学生」
・・・あとで彼からの手紙に依ると、彼は私たちとわかれて、それから目がさめたところは路傍で、そうして、鉄かぶとも、眼鏡も、鞄も何も無く、全裸に近い姿で、しかも全身くまなく打撲傷を負っていたという。そうして、彼は、それが東京に於ける飲みおさめで、数日・・・ 太宰治 「酒の追憶」
・・・の大きな写真版をひろげて、そればかりを見つめながら箸を動かしていたのであるが、図の中央に王子のような、すこやかな青春のキリストが全裸の姿で、下界の動乱の亡者たちに何かを投げつけるような、おおらかな身振りをしていて、若い小さい処女のままの清楚・・・ 太宰治 「俗天使」
・・・まっぱだかで呶鳴ったのである。全裸で戦うのは、よほど腕力に自信のある人でなければ出来る芸当でない。漱石には、いささか武術の心得があったのだと断じても、あながち軽忽の罪に当る事がないようにも思われる。漱石は、その己の銭湯の逸事を龍之介に語り、・・・ 太宰治 「花吹雪」
・・・紙幣には、女の全裸の姿か、あるいは女の大笑いの顔を印刷すべきなんだそうです。そう言われてみると、ドイツ語でもフランス語でも、貨幣はちゃんと女性名詞という事になっていますからね。鬚だらけのお爺さんのおそろしい顔などを印刷するのは、たしかに政府・・・ 太宰治 「女神」
・・・ギリシャ神話をぱらぱらめくって、全裸のアポロの挿絵を眺め、気味のわるい薄笑いをもらした。ぽんと本を投げ出して、それから机の引き出しをあけ、チョコレートの箱と、ドロップの缶を取りだし、実にどうにも気障な手つきで、――つまり、人さし指と親指と二・・・ 太宰治 「ろまん燈籠」
・・・ ビール箱の蓋の蔭には、二十二三位の若い婦人が、全身を全裸のまま仰向きに横たわっていた。彼女は腐った一枚の畳の上にいた。そして吐息は彼女の肩から各々が最後の一滴であるように、搾り出されるのであった。 彼女の肩の辺から、枕の方へかけて・・・ 葉山嘉樹 「淫賣婦」
・・・という題で一人の背広服の紳士と並んで訪問服の洋装夫人が腰かけている左手のソファーに、一人全裸体の女が横になっている大きな絵である。作者猪熊弦一郎氏はアトリエへ訪ねて来た雑誌記者に向ってその絵は「三人の異った人間の性格を描き分けようと云うので・・・ 宮本百合子 「帝展を観ての感想」
・・・第三に、日本画で現代の浴室を、しかも全裸の女を描き得たということは、一種の革新である。現代に題材を取っても、できるだけ詩的な、現代離れのしたものを選みたがる日本画家の中にあっては、確かに注目に価することに相違ない。第四に構図と色彩とが成功で・・・ 和辻哲郎 「院展遠望」
出典:青空文庫