・・・り、他の道に足を踏み入れてなお初めの道を顧み、心の中に悶え苦しむ人はもとよりのこと、一つの道をのみ追うて走る人でも、思い設けざるこの時かの時、眉目の涼しい、額の青白い、夜のごとき喪服を着たデンマークの公子と面を会わせて、空恐ろしいなつかしさ・・・ 有島武郎 「二つの道」
・・・ 唐土の昔、咸寧の吏、韓伯が子某と、王蘊が子某と、劉耽が子某と、いずれ華冑の公子等、相携えて行きて、土地の神、蒋山の廟に遊ぶ。廟中数婦人の像あり、白皙にして甚だ端正。 三人この処に、割籠を開きて、且つ飲み且つ大に食う。その人も無げな・・・ 泉鏡花 「一景話題」
・・・もっともそのころでもモダーンなハイカラな人もたくさんあって、たとえば当時通学していた番町小学校の同級生の中には昼の弁当としてパンとバタを常用していた小公子もあった。そのバタというものの名前さえも知らず、きれいな切り子ガラスの小さな壺にはいっ・・・ 寺田寅彦 「コーヒー哲学序説」
・・・子供の遊戯と考えられている「リュプレヒト公子の涙」と称するものもまた同部類の現象で、まじめな研究に値するものであるが、だれも手をつけた人を聞かない。 ガラスなどの円盤の中央をたたくと、それがある整数だけのほぼ同大の扇形に割れる。これにつ・・・ 寺田寅彦 「自然界の縞模様」
・・・これを、花やかに美しい、たとえばおとぎ話の王女のようなベコニアと並べて見た時には、ちょうど重々しく沈鬱なしかも若く美しい公子でも見るような気がした。花冠の下半にたれた袋のような弁の上にかぶさるようになった一片の弁は、いつか上に向き直って袋の・・・ 寺田寅彦 「病室の花」
・・・の作者、「小公子」の作者。これらの人々はいずれも婦人であり、母であり、これらの古典的物語は、先ずその子供たちをききてとして書きすすめられたものであった。セルマ・ラゲルレーフは、彼女の児童のための文学によってノーベル賞を与えられている。 ・・・ 宮本百合子 「子供のために書く母たち」
昔、明治の初期、若松賤子が訳した「小公子」は、今日も多くの人々に愛読されている。若松賤子がこの翻訳を思い立ったのは、愛する子供たちに、清純で人間の精神をたかめる読みものをおくりものとしたい、という心持からであったことが記さ・・・ 宮本百合子 「子供のためには」
・・・このひとには「小公子」の名訳がある。おじいさんの巖本善治は、明治初期の進歩的女子教育家であった。おかあさんは、多分アメリカの婦人だったように思う。二十三歳の才能ゆたかなヴァイオリニストは、世界の舞台に立つことを、どんなに、真剣に、まじめに、・・・ 宮本百合子 「手づくりながら」
・・・客は宰相令狐綯の家の公子で令狐※ 参照 其一 魚玄機三水小牘 南部新書太平広記 北夢瑣言続談助 唐才子伝唐詩紀事 全唐詩全唐詩話 ・・・ 森鴎外 「魚玄機」
・・・小高き丘の上に、まばらに兵を、ザックセン、マイニンゲンのよつぎの君夫婦、ワイマル、ショオンベルヒの両公子、これにおもなる女官数人したがえり。ザックセン王宮の女官はみにくしという世の噂むなしからず、いずれも顔立ちよからぬに、人の世の春さえはや・・・ 森鴎外 「文づかい」
出典:青空文庫