-
・・・ 仮りにこれが五拾銭でなくて五拾円か五百円の壷であったら、どうだろうという事を、いささか臆病な心持で考えてみた。理窟は同じでも、実際は少しちがうような気がした。この方だと却って事柄がずっと簡単にはこびそうな気もした。正当不正当の問題が、・・・
寺田寅彦
「ある日の経験」
-
・・・手を拍ちて床をのべさせ横になれば新しき浴衣の肌さわりも快く、隣室の話声遠きように聞えし後は魂いずこへか飛んで藻ぬけの殻となり電燈消しに来し事もいつか知らず。円かなる夢百里の外に飛んで眼覚むれば有明の絹燈蚊帳の外に朧に、時計を見れば早や五時な・・・
寺田寅彦
「東上記」