・・・ 俊寛様は円座の上に、楽々と御坐りなすったまま、いろいろ御馳走を下さいました。勿論この島の事ですから、酢や醤油は都ほど、味が好いとは思われません。が、その御馳走の珍しい事は、汁、鱠、煮つけ、果物、――名さえ確かに知っているのは、ほとんど・・・ 芥川竜之介 「俊寛」
・・・ 阿闍梨は、白地の錦の縁をとった円座の上に座をしめながら、式部の眼のさめるのを憚るように、中音で静かに法華経を誦しはじめた。 これが、この男の日頃からの習慣である。身は、傅の大納言藤原道綱の子と生れて、天台座主慈恵大僧正の弟子となっ・・・ 芥川竜之介 「道祖問答」
・・・――神職様、小鮒、鰌に腹がくちい、貝も小蟹も欲しゅう思わんでございましゅから、白い浪の打ちかえす磯端を、八葉の蓮華に気取り、背後の屏風巌を、舟後光に真似て、円座して……翁様、御存じでございましょ。あれは――近郷での、かくれ里。めった、人の目・・・ 泉鏡花 「貝の穴に河童の居る事」
・・・ 円座を打ち敷きて、辰弥は病後の早くも疲れたる身を休めぬ。差し向いたる梅屋の一棟は、山を後に水を前に、心を籠めたる建てようのいと優なり。ゆくりなく目を注ぎたるかの二階の一間に、辰弥はまたあるものを認めぬ。明け放したる障子に凭りて、こなた・・・ 川上眉山 「書記官」
・・・時々目を開けて見ると薄暗い舷燈のおぼろげな光の下に円座を組んで叔父さんたちは愉快にやってござる。また中には酔ってしゃべりくたぶれて舷側にもたれながらうつらうつらと眠っている者もある。相変わらず元気のいいのが今井の叔父さんで、『君の鉄砲なら一・・・ 国木田独歩 「鹿狩り」
・・・ 私は暖い篝火の囲りに円座を組み、神代の人達が、一日の行業について、各覚えた何ものかを語り合うように異った境遇、個性によって得たところに就て語り合いたく思います。 二 人間の生存過程を、学として研究し或・・・ 宮本百合子 「われを省みる」
出典:青空文庫