・・・が、兵衛の消息は、杳として再び聞えなかった。 寛文九年の秋、一行は落ちかかる雁と共に、始めて江戸の土を踏んだ。江戸は諸国の老若貴賤が集まっている所だけに、敵の手がかりを尋ねるのにも、何かと便宜が多そうであった。そこで彼等はまず神田の裏町・・・ 芥川竜之介 「或敵打の話」
・・・すべての疲れたる者はその人を見て再びその弱い足の上に立ち上がる。八 さりながらその人がちょっとでも他の道を顧みる時、その人はロトの妻のごとく塩の柱となってしまう。九 さりながらまたその人がどこまでも一つの道を・・・ 有島武郎 「二つの道」
・・・待て、人の妻と逢曳を、と心付いて、首を低れると、再び真暗になった時、更に、しかし、身はまだ清らかであると、気を取直して改めて、青く燃ゆる服の飾を嬉しそうに見た。そして立花は伊勢は横幅の渾沌として広い国だと思った。宵の内通った山田から相の山、・・・ 泉鏡花 「伊勢之巻」
・・・ 何事をするも明日の事、今夜はこれでと思いながら、主なき家の有様も一見したく、自分は再び猛然水に投じた。道路よりも少しく低いわが家の門内に入ると足が地につかない。自分は泳ぐ気味にして台所の軒へ進み寄った。 幸に家族の者が逃げる時に消・・・ 伊藤左千夫 「水害雑録」
・・・一度縁を結んで再び里にかえるのは女の不幸としてこの上ない不幸である。若し夫は縁がなくて死んだあとには尼になるのがほんとうだのに「今時いくら世の中が自分勝手だと云ってもほんとうにさもしい事ですネー」とうそつき商ばいの仲人屋もこれ丈はほんとうの・・・ 著:井原西鶴 訳:宮本百合子 「元禄時代小説第一巻「本朝二十不孝」ぬきほ(言文一致訳)」
・・・と、細君は再び銚子を変えに出て来て、直ぐ行ってしまった。 友人はその跡を見送って、「あいつの云う通り、僕は厭世気違いやも知れんけど、僕のは女房の器量がようて、子供がかしこうて、金がたんとあって、寝ておられさえすれば直る気違いや。弾丸・・・ 岩野泡鳴 「戦話」
・・・その頃訴訟のため度々上府した幸手の大百姓があって、或年財布を忘れて帰国したのを喜兵衛は大切に保管して、翌年再び上府した時、財布の縞柄から金の員数まで一々細かに尋ねた後に返した。これが縁となって、正直と才気と綿密を見込まれて一層親しくしたが、・・・ 内田魯庵 「淡島椿岳」
・・・ 柔和なる者は福なり、其人はキリストが再び世に臨り給う時に彼と共に地を嗣ぐことを得べければ也とのことである、地も亦神の有である、是れ今日の如くに永久に神の敵に委ねらるべき者ではない、神は其子を以て人類を審判き給う時に地を不信者の手より奪・・・ 内村鑑三 「聖書の読方」
・・・ 咽喉にひっ掛った返事をした。二、三度咳ばらいして、そのまま坐っていた。なんだかこの夫婦者の前へ出むく気がしなかったのである。「お出なはれな」 再び声が来た。 すると、もう私は断り切れず、雨戸のことで諒解を求める良い機会でも・・・ 織田作之助 「秋深き」
・・・横井は斯う云って、再び得意そうに広い肩をゆすぶって笑った。「そうか、警部か。それはえらいね。僕はまたね、巡査としては少し変なようでもあるし、何かと思ったよ」「白服だからね、一寸わからないさ」 二人は斯んなことを話し合いながら、し・・・ 葛西善蔵 「子をつれて」
出典:青空文庫